僕と娘と覚醒剤 #011 | SNSで肥大化する自我①
「あの仕事は極めちゃったからね」
娘は高校中退後にいくつかのアルバイトを経験したが、ひとつの仕事につき、たった2ヶ月とかそれくらいの期間しか続いていない。
なぜ辞めたのか、を尋ねると『極めたからだ』と言う。
「ほーん、全部できるようになったんだ?」
「レジ打ち、誰よりも早いし!」
いや仕事ったってレジ打ちだけじゃないだろう。お店のタスクって、品出しとか発注とか接客とか清掃とかいろいろあるじゃん?大変な仕事じゃん?それぜんぶ、極めちゃったんか?
「そういうのやってない」
やってないのか…そんじゃあ『極めた』って言えねーだろ。
「うっさいなー。極めたんだよ」
そ、そうなんだ…やるね。と、僕は口をとじる。
いつものことだ。
誤解を恐れずに、ひとことで言おう。
ちやほやされて育ってるぅ!
以前にもちょっとふれたが、「子供の気持ちを考えよう」「褒めて育てよう」「自信をつけさせよう」的な、『子供とのトラブルを回避する子育て』の弊害である。
いやまぁ仕方ないのだ。かくいう僕も娘が10歳になるくらいまで子育てには関わっていたし、その後は、妖怪クズ人間として娘や元妻の前から姿を消してしまったのだから、問題の半分から80パーセントくらいはたぶん僕の責任だ。
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しかし、なんというか自我が大きい。とにかく大きい。
自分が大した人間であると思いこみたがる、そしてそれを誇りたがる。
以前書いた、父親に男関係を自慢げに話す、ってのもソレだ。
「自分はモテるのだ!すごいのだ!かわいいのだ!男がチヤホヤするのだ!」って、そりゃ、若い娘が男にせまったら断る奴なんていねーだろ…って、それってモテるっていうの?若い男ってヤリたいだけだぜ?ヤるためならやさしくするし、チヤホヤするし何だって言うぜ?とか思うのだが、それを指摘すると不機嫌になるのだ。『不都合な真実』。アル・ゴアの顔が思い浮かぶ。
自分はカワイイ!そしてモテる!が、最大のアイデンティティで、次に来るのが、自分は才能ある!仕事もすぐ極める!とかそういうアレ。そんでもって、自分は人とは違う!異質なのだ!と、こうくる。
な~~~んの根拠もない
数え上げればキリがない。日常の細かいことまで自信たっぷりであるが、物事を満足にこなす能力が追い付いていないので、いろいろな事が不首尾で、常に惨憺たる結果に終わる。
よくカウンセラーや精神科医が、「問題行動や、そういった言動をするのは話を聞いて欲しい、自分を見て欲しいというサインです」とか言うが、僕は真っ正面から反対の意見でもって断じよう。
違う!
自慢したいのである。自分の行動や発言をひけらかすことで、膨れ合った自我を満たしたいのである。話を聞いて欲しい?確かに好意的な見方をすればそうなるだろう。
しかし本質は、承認欲求という脂肪でブヨブヨに肥満した、でっぷりと醜い自我という名のモンスターにエサをやりたいだけなのだ。
話をきけ?ちゃんと見てやれ?そんなモンスターにこれ以上エサをやってどうするというのだろう。更に太り、膨れ上がり、もっともっとエサを!称賛というおいしいエサを!この飢えと渇きを満たしてくれぇ!もっと!もっと!と、こうなるのは目に見えているではないか。
誤解してないで欲しいのだが、子供を褒めて自信をあたえ、自立に向かわせていくことは大事なことだと僕も思う。
しかし、限度がある。年齢制限がある。
無限に膨れ上がっていく自我を、安易にいたずらに肥え太らせるのが良い事であるとは、僕にはとてもとても思えない。
だから親は子供に適切な自信をあたえるべく、褒めたり叱ったりを管理しなければならないのだろう。自我が育ちすぎて、子供がおかしな行動を取らないようにコントロールするべきなのだ。
しかし、しかしである。
そんな醜く肥え太った、自我と言う化け物に、無限にエサを与え続け、さらに大きく、醜く太らせるゲテモノ動物園がこの世界には存在している…
