僕と娘と覚醒剤 #006|逃避の為の異性関係
「お前、なんでそんなに男をとっかえひっかえしてんだよ」
僕は娘に聞いたことがある。というか何回も聞いた。彼氏はひとりだけにしとけよ…
「きもちいーから」
そ、そっか…そうなんだ…へぇ…。
き、きもちーよね、セックス…
正直、気持ち悪い。実の娘とこんな話ししたくない。しかしまぁ、僕と娘はかなりオープンで、どんなことでもなんだって話す。そして僕は裁判に向けて、娘のことはなるべく多く知っておいた方がいい。
他の父娘のことは知らないからなんともいえないが、もともと僕はヨソの父親よりも娘のことについてかなり詳しく知っているほうだと思う(あんま知りたくない)。
「やー、このまえ六本木で会った男なんかチンコが~~~」
やめろぉ!!!聞きたくない!それ以上言うなぁ!!!と、会話を何回か制したほどである。ほんとやめて…
「BB、それお前、ママに言うなよ」
「言うわけないし」
正直に、なんでも話す。美徳のように聞こえるが、一概にそうとも言えない。『娘と会話がない』というのはよく聞く話だが、あけっぴろげになんでもかんでも話してしまう親子関係というのもいかがなものか…
正直、僕はイヤだが、幼少のころに『パパには嘘はつくな』『パパにはなんでも正直に』と、教育してしまったのは、他ならぬ僕自身なのだ。仕方がない。
ちなみに僕が気がかりだったのは性的な病気だったが、保釈後の検査では本人の「すごく気をつけてる」との言葉通り、なにもなかった。
そこは気を付けてたのね…だから良いってことじゃないけど…
娘が地元を飛び出し、風俗店で働いて薬物に手を出したルートは以下である。
(1) ソーシャルメディア
↓
(2) 男
↓
(3) 風俗店
↓
(4) クスリ
どうも(2)で たまたまイケメンで性格も良い男 に出会って風俗の仕事を紹介され、(3)の風俗店の客が たまたま売人 だったらしいのだ。
そんな偶然あるかよ!
おそらくだが、風俗店勤務と薬物販売がパッケージ化されている。(2)の男が「地元でグダグダしてるなら東京に出て働けばいいじゃん?」と、そそのかし、世間知らずな田舎者の小娘を東京で風俗店に沈める。
そしてその仕事の厳しさと、苦しさにつけこみ、(3)の風俗店の客が、「ラクになるよ」と、覚せい剤を渡し、折を見て販売する。
店で行為をして店からはカスリを取られ、稼ぎは薬物で吸い上げられるという搾取構造の完成である。なかなか見事な拡張戦略だ。
アヘン戦争の時代かよ…列強に搾取される清帝国じゃねえんだから…と思ったが、娘は(2)の男に感謝すらしていた。
「イケメンで、すごく良い人だったよ!」
だ、そうである。
そうね…そりゃね…いくら貰ってんだか知んないけど、そりゃカネになる女が相手なんだから、すごく良い人にもなるだろうて。
「優しかったけど、やっぱ騙されてたんだよなー…」
いや、わかってるのか…わかってたのならなぜ…と思ったけど、それを聞くのはやめた。そうなのだ。『わかっているけど』なのだ。
わかっているけど、やさしくしてくれた
わかっているけど、たすけてくれた
わかっているけど、一緒にいてくれた
それらが、善悪とか、金銭とか、ルールとか、そういうことを超越してしまう場合があるのだ。それが精神的に不安定な20歳やそこらの小娘なら、なおさらである。
しかし、だからといって、違法な薬物に手を出していいことにはならない。ならないのだが、僕は妙に納得してしまった。
つまりは、すべてが『逃避』なのだ。
家がイヤだ、親がイヤだ、学校がイヤだ、友達がイヤだ、彼氏がイヤだ、地元がイヤだ、新しくできた彼氏もイヤだ、仕事がイヤだ、イヤだイヤだイヤだイヤだ。わたしはこんな場所でこんな相手とこんな生活を送るべきではない。イヤだ。いやだ。嫌だ。
肥大化してしまった自我と、その自我の満たされない欲求。
この親だからできない、この学校だからできない、この地域だからできない。どこか別の場所で、だれか別の人となら満たされるかもしれない。本当は凄い自分の能力が発揮できるかもしれない。
そして父親である僕も、娘の逃避先のひとつだったのだろう。当初は娘も、『この場所ならば』と、思っていたのかもしれない。
まだ先の話ではあるが、数か月後、娘は僕の元からも逃げ出す。
娘との生活が始まった当初、僕は娘の『逃避』的な行動に気づいてはいたが、結局のところなにも対処できなかった。
今でもどうしたらいいのかすらわからない。
いわゆる精神科医やカウンセラーなどは、どこかで聞いたような、通り一遍の戯言を言うだろう。『愛情をもって』、『話をきいて』、『よりそって』、『理解を深めて』、などなどなどなど。どーでもいい。みんな同じことを言う。その場かぎりの口先論法は、もう聞き飽きた。
そんな現実に則さない理屈は、医学の学校で学生相手にでも喋ってればいいのだ。
もちろん、それで改善する場合もあるのだろう。しかしだからといって、それが万能な解決手段であるかと問われれば、多大な疑問な残る。
そんなものは生存バイアスだ。ただの認知の偏りだ。一部の成功例だけを取り出した大衆的で煽情的なコマーシャリズムに過ぎない。
医療では解決できない闇は、僕らの足元に大きく横たわっている。
解決策は、ない。
