僕と娘と覚醒剤 #007|罪か悪か
「僕の祖父は人殺しなんで」
と、言うと、たいていの人がギョッとする。
そんなに珍しい事じゃないと思うのだが、この『人殺し』っていう言葉が持つ破壊力は相当なもので、酒の席なんかで、トンデモ爺さんだった祖父の面白エピソードのオチにこの言葉をもってくると、それまでは和気あいあいとしていた場が凍り付いて楽しいのだ (性格悪い)。
「大麻は医療で役に立つし、煙草より害が少ないんだよ!」
と、違法薬物についてのセッションで娘がよく言っていた。
薬物中毒者や大麻解禁派の人々が、よく使用する論法である。まぁ間違っちゃいないのだが、たんに問題の本質をボカした言い訳にも聞こえる。
日本での違法薬物使用者は『患者』ではなくて『犯罪者』、という区分であり、『犯罪者』である以上、その中毒症の治療に国は重きを置いていない。
覚醒剤取締法においては、冒頭に『覚醒剤の濫用による保健衛生上の危害を防止するため』などと書かれてはいるが、その法律の内容は『作るな!』『使うな!』『持ち歩くな!』が主であり、使用してしまった者の保護や治療への言及は一切ない。
僕だってバカじゃないので、諸外国の事例や、薬物中毒者に関する先進的な治療・保護方法(スイスなんかでは中毒者には政府が薬物を支給する)や、昔の日本では『ヒロポン』という名で覚せい剤が普通に流通してたことだって知っている。
「外国ではOKだし、日本も昔は良かったのに、なんか法律がヘン」
そうだ娘よ、よくぞ気付いた。そうなのだ。法律って変なものなんだよ。
おかしな法律でも、不思議な原則でも、法律は『正義』ではなくて、単なる『ルール』だから、破ると罰則がある。
正義とか悪とか、そういう感覚的なものと法律を一緒に考えるから混乱するのだ。法律なんて別に正義でもなんでもない。国という生活の場において、秩序を守り、混乱を避ける為に作られたものなのだ。
だからいくら理不尽でも、ヘンだな、と思っても、守らなければいけない。それを理解したまえ、どうだ、わかったかね?娘よ。
「ほんじゃー、大麻はいいのか (笑)」
よくねぇよ、何聞いてたんだよボケ。
法律や正義、悪や秩序という曖昧なものの定義は、時代や場所によってどんどん移り変わってゆく。絶対的な正義も、絶対的な悪も存在しない。その時代や、その場所の状況がどうなっているかで、人は簡単に意見を変える。
僕の祖父は人殺しだ。
太平洋戦争の日本軍で、満州(現中国東北部)の兵隊だったから。
と、ネタバレすると、皆「なんだ、それじゃ仕方ないよ」と言う。祖父は戦後、国鉄(現JR)を定年まで勤めあげ、老後は健康的に飲んだくれて96歳で死んだ。善良な市民として。当然だが人を殺した罪には問われていない。
人間の犯した罪や、正義や悪について想うとき、僕はいつも祖父や、武士だったという先祖のことを考える。
現代の価値観でいったら、たくさんの罪を犯しているはずだ。
僕らはそんな過去の上で、現代社会の罪に苛まれながら生きているのだ。
