僕と娘と覚醒剤 #010 | 父親の役割①
「パパは上から目線でムカつく!」
のちに元妻から伝え聞いた、僕と共同生活を送っていたときの、娘からの僕に対する評価だ。
うん。まぁそうだろうね…
って、そりゃ当たり前やんけ!
なんで、身元引受人になって、たか~いたか~い保釈金積んで保釈させて、自分の仕事とか色々とほっぽり出して、「キチンと身の回りの世話しとけ、あと裁判までに反省させとけよ?あ゛?」と、弁護士やら裁判所やらから暗に指令(おどし)を受けた僕が、20歳すぎて勝手に覚醒剤取締法で逮捕された娘に、苦言を呈されるのか。
するってぇと、なにか?
「はいはいーそうでチュね~、苦しかったでチュね~、苦しいから覚せい剤使っちゃったんでチュね~、お前が勝手に学校もいかずに家出して風俗で働いて、苦しんだのはパパのせいでチュね~、ほらほらもっと覚せい剤でラリっていいでチュからねぇ~、ごめんねぇ~ちゅっちゅっちゅ~」
とかやれば良かったのか?
いやアホかよ
と、まぁ極端な話をしましたが、じつのところ僕としては、あんまりその『上から目線』にならないように気をつけていたのである。
医師やカウンセラーが言う、「相手の気持ちを考えて」「同じ目線に立って」というやつだ。
あのねー、それ、難しいから。
普通の人間関係でも、なかなかできないから。
っていうか、それって親とか子とか関係なく『他人と良好な関係を築くポイント』やんけ。マトモに出来てる奴おるんかーい!と突っ込みたくなるが、とりもあえずも、僕としては『努力はした』とだけ、謹んで申し述べておきたいと思いマス。
だいたい、そんな机上の、ひたすらロジカルなだけの『人間関係の法則』みたいなもんは、現場での運用に適していないのである。
「水に塩を入れればしょっぱくなります」「そして、砂糖を入れると、なんと!甘くなるんですね~!」みたいな事を言われるようなもんだ。
うん。知ってる。知ってるから!っていうか当たり前だから!でもそんな水を甘くしたりしょっぱくしたりするみたいな感じには、人の心っていうものは簡単に変わらないから!
僕は、どうも昨今の『子供とのトラブルを回避しましょう』みたいな教育法が性に合わないのだ。
それって親がラクするために言ってねぇか?と、思うからである。
そりゃあ、厳しくしなければラクだろう。子供の話を聞いて、子供の立場になって、希望を叶えて、怒らせたり、泣かせたりせず、なぁなぁ、まぁまぁと懐柔し、子が大人になって独立するまでの時間を親はやり過ごすだけ、みたいな、そんなやり方に見えてしまう。
しかも、娘はもう20歳になった大人だ。
だから僕は、毎日の家事をネチネチと割り振り、掃除が甘ければ指摘し、洗濯物がシワになるような干し方をしたら、やり直しをさせていた(ちなみに僕もキッチリと半分の家事を受け持っています。仕事しながら)。
しかし、それって、そんなにおかしい事だろうか。僕の感覚からすれば普通だ。ツメが甘ければ指摘し、間違っていたらやり直しをさせる。大人か子供かなんていう問題ではない。割り振られたタスクはキッチリこなす。3歳のガキンチョでもあるまいし、大人なんだから当然のことだろう。
でもそんな指導が、娘には『パパは上から目線だ』と、糾弾されるのだ。
ななな、なんて理不尽な...!
と、思ったが、よくよく考えればそれでいいのかもしれない。
子は親が理不尽だと憤る。
親は子が理不尽だと憤る。
そもそも、この世は不合理で理不尽なものなのだ。『子育てマニュアル』に書いてある通りになんて物事は進まないし、なんらかのアクションを起こしたら、その相手が意のままに動いてくれる、なんて事はありえないのである。
親はそんな『理不尽な社会』に子供を慣れさせておく必要がある。
だから僕としては、「パパは上から目線で理不尽だ!」と思われることこそが教育であり、世間に慣れさせるために必用なんじゃないのかねぇ、なーんて、自分の行動を正当化するのです。
いいのか、わるいのか、知らんけどもさ。
