僕と娘と覚醒剤 #009 | 環境と常識
「パパはちゃんとしてて偉いなぁ…」
ある朝、娘に言われた。
何を言っているのだお前は…
パパは全然ちゃんとした大人じゃないぞ…
不安定な自営業だし、不安定なのに煮詰まると仕事なんかとっとと放り出して、釣りだのサーフィンだのに出かけてしまう。納期に遅れて、いい歳なのに若い奴に怒られるし、普段飲まない酒を飲み過ぎて前後不覚になったり、調子に乗って若い女の子にちょっかいを出してドン引きされたりもする。
控えめにいってクズ。正確に言うとゴミ。ちゃんとした公務員とか大企業勤めのサラリーマンから見れば、50近くにもなって、なーにフラフラしてんだお前、って感じだろう。
「だってちゃんと朝に起きてるし」
うん。まぁ、起きてるね。夜とかすることないからね。20時に寝て、3時とか4時には起きてる。釣りとかサーフィンとかしたいし、デブりたくないから毎朝10キロくらい走ってる。でもそんだけだぞ?
「まーでも、ちゃんとしてるよ」
どうも娘の中では、僕は『ちゃんとした大人』の部類らしい。
前述したように、僕はどちらかというとアホな部類のおっさんだ。あんまり将来の事とか考えないし、生きてりゃなんとかなるだろ~、みたいな現代社会の価値観からいったら、危険な思想を持っている。
そんで、実際になんとかなってきたので、このままでいいかぁ~、と、そんな風にぼんやり生きているにすぎない。
だから覚せい剤で逮捕されてしまった娘のことをとやかく言えねぇなぁ、と思い、あんまり小言とかは言わないようにしていたのだが、なんだかどうにも、ちょっと違うらしい。
娘は中学校卒業から、入学した高校にも通わずに家出し、ソーシャルメディアで知り合った男の家に転がり込んで、その男と一緒に暮らしていた時期がある。
男は俗にいう『不良自衛官』というやつで、自衛隊を退職(退官?)後、同じような境遇の連中で、大麻の売人グループを形成していた。らしい。
らしい、というのは、僕も娘や元妻から聞いた話にすぎないし、退職自衛官にそんな不良グループがあるなんて、聞いたこともなかったからである。まぁ自衛隊の制度がどうとかそんな社会的な問題は、僕にとってどーでもいいので、自衛官うんぬんは、話半分に聞いといてください。
***
そこでの『売人の女』としての生活は、だいたい想像どおり。不規則で不安定なもので、日常的に大麻がある環境に、娘の違法薬物への罪悪感は薄められていった。
と、同時に犯罪ドラマや不良映画のような『かっこいい生活』(娘の目にはそう見えた)に、それまでの常識や習慣は『つまらないもの』として葬り去られてしまったのである。
娘は『退屈でつまらない日常』からの逃避に成功したわけだ。
しかし、その刺激的な日常も、繰り返されると『退屈でつまらない日常』になってゆく。物事は繰り返されると意味を失っていくように見えるが、その日々のルーチンこそが生活を安定させるためには重要なのだ。しかし、そのことに気づくには、娘はまだ幼すぎた(犯罪人の生活の安定ってのも、なんだかヘンだが)。
結局、その『刺激的な日常』も、娘の浮気と出奔により数年後に崩壊する。
逃避、逃避、また逃避。それは現在も続いている。
***
この中学卒業から20歳になるまでの数年間の出来事は、奇妙奇天烈、複雑怪奇で、とてもこの項にすべては書けない。精神病院に入院させられたり…家出して少年院に入ったり…。と、それはまた別の機会に書く。
とにかく、娘の常識や価値観は、この時期に大きく変化してしまった。
常識というものは、住んでいる国や時代、周囲の人間などによって変わるものだ。
僕らは現代日本で生活しており日本語を話す。いや、現代日本で生活しているから日本語を話す。日本語を話すから日本に住んでいる、という訳ではない。日本の公用語がスワヒリ語だったら、僕らはスワヒリ語で話している。
環境がそうさせているのだ。
それでは、娘が僕らと違った常識を有する、その環境に飛び込んでしまったのはなぜなのだろうか。
