短編小説 | 手紙
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あなたは、酷ひ人です。奥さまだってお子さまだって有るのに、わたしは手籠めにされて、穢されました。それどころか、奥さまだってお子さまだって有ることを、お隠しになっておられました。わたしはなんにも知らなかった。其れでも、なんにも知らなかった間は、わたしはあなたの想ひ人になったのだと、そう思っていられたから幸福でした。
本当のことなど、知りたくありませんでした。知らない方が、幸せでした。知らなひほうがいろいろと想像できました。待ちました。待ってゐる間も幸せを想像できたから幸福でした。思へば、莫迦でした。せけん知らずだったのですね。あなたのようなお歳で、おひとりなはずはないもの。と今ならわかります。
だから、或る人から、あなたには奥さまもお子さまも有られると聞いたときは、驚きました。驚いて涙がでました。ふしぎに、悲しくも、くやしくもなくて、ただ、ただ驚いてしまって涙がでたのです。わたしの気持ちがお解りになるでせうか。解るはずです。だってこんなに狂うしいのだもの。あなたは、たぶん、赦して繰れと、仰ることでせうね。でも、赦すも、赦さぬも、有りはしません。
ひとは死んだ後に、閻魔様にその罪を暴かれると申します。わたしは生きてゐるし、閻魔様では有りません。そして閻魔様だって、人が亡くなるまで罪を暴くのをお待ちになります。あなたは生きているし、わたしは閻魔様でもキリスト様でもありません。そんなわたしがどうしてあなたを赦したり、裁いたりできるとお思いでせうか。だからどうしようもない。どうしようもない気持ちがただ、ただ有るだけです。
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或る人から聞きました。あなたが奥さまとお別れしてしまったと。或る人から聞きました。とても、とても哀しひことだと思ひました。
怒らないでください。けっして怒らないでください。わたしは其れを聞ひて哀しひことだと頭ではわかっているのに、嬉しくなって仕舞ひました。大切なあなたの仕合せが、無くなってしまったのだから、哀しひ筈なのに、嬉しくなって仕舞ひました。でも、まへの手紙で書きましたとおり、わたしはあなたに裏切られていたのだから、この気持ちはわかるでせう。
だからわたしは、まつことにします。また、あなたをまちます。まってゐるあいだは、いろいろと想像できて幸福だから。いつもわたしは家事とお仕事ばっかりで、幸福なことなんてあんまりないから、待っているだけでも、あなたの顔を思ひ浮かべるだけでも幸福です。
でも、心配なこともあります。あなたは奥さまが居ないのだから、ちゃんと御飯をたべているのかとか、シャツのアイロンがけはどうしているのだろうとか、そういうことが心配です。
だいじょうぶ。大丈夫です。あなたがわたしのところへ来るのだったら、大丈夫です。わたしのところへ来たら、こゝろを込めた温かい御飯も、シャツのアイロンがけも、ぜんぶぜんぶわたしがしっかりやります。
だから安心。安心なさってくださひ。わたしがいるから。
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また、ききました。或る人から聞ひてしまひました。あなたが年下の、若い女性と交際しているとききました。その方は熱愛と、評しておりました。としの差カップル、とも評しておりました。なぜ。なぜなのでせう。わたしはこんなにあなたを想って、待っているのに。なぜわたしじゃないのでせう。
はじめてあなたにお会ひしたとき、あなたはわたしの目をじッと見つめて、そのおおきな手で、わたしの手を握ってくださひました。わたしをじッと見つめてくるあなたの目に、わたしは紛れもなく愛の囁きを聴きました。
あなたの目はこう謂っておられました。このビルの外でまって居ってくれ、と。そこでまって居れば、かならず行くから、と。だからわたしはお待ちしました。雨の日も風の日も、そのビルの前で待ちました。でもあなたは来ませんでした。あなたはひどいことをした。わたしは手籠めにされて、穢された。
でも、きっとあなたはお忙しい身だから、なにか重大な事情でこられないのだろう、と思ひました。だからわたしは、ビルの守衛さんに手紙を渡して、あなたに届けるよう、お願ひしました。手紙に住所を書いて家で待っておりました。毎日、まいにち、あなたの為に温かい晩御飯を用意して待っておりました。でも、いつまでたってもあなたは現れませんでした。
こんなことが、有って良ひものでしょうか。赦されて良ひものでしょうか。もう閻魔様も、キリスト様も、ありはしません。地面に捨てられたわたしの破れたこゝろがあるだけです。何故あなたは、わたしの手を握ったのでせう。わたしの目を見つめたのでせう。
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【速報】俳優の矢吹条 五郎さん、刺される
20XX年02月21日 Yaboo! Japan NEWS
2月21日夜9時30分頃、俳優の矢吹条 五郎さん(46)が都内の自宅マンション前で刺されて倒れているのを、同じマンションに住む男性が発見し、警察に通報しました。
矢吹条さんを刺したのは都内に住む女(34)で、矢吹条さんとはサイン会で一度だけ面識があったとのことです。
女は矢吹条さんの所属する芸能事務所に数百通のファンレターを送っており、警察はストーカーによる傷害事件とみて、動機と経緯について詳しく捜査を進めています。
(2026/02/19 : 手紙の内容、誤字脱字については原文まま)
