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【ゆる歴史探訪】古代の集合墓地 金隈遺跡甕棺展示館に行ってみた!

「ゆる歴史探訪」のマガジンでは、遺跡・史跡や記念館・資料館のような施設について感想・レポートを書いていきます。
今回は、「金隈遺跡甕棺(かねのくまいせきかめかん)展示館」に行ってきたので紹介していこうと思います。

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金隈遺跡は弥生時代前半期から後期初頭までにかけての共同墓地の遺跡です。土器の甕を利用した棺による埋葬方法は、北部九州によく見られる特徴のようです。

遺跡は住宅街の中の小高い丘の上にあります。自然共生型のため池もあり、緑も豊かであるため自然公園といった印象です。

坂道を登っていくと、今回の目的地である甕棺展示館が見えてきます。
こちらの施設には、埋葬されていた甕棺が発掘状態のまま展示されています。

甕棺はランダムな方向を向いて埋められているため、共同墓地というよりはどんぐりがたくさん埋まっているようなインパクトのある見た目です。しかし、一部の棺は人骨が見える状態で展示されているため、それが遺体の埋葬に使われているのだということがはっきりとわかります。

出土した埋葬品など。奄美・沖縄諸島より南に多く生息している貝を使用した装飾品も出土していようで、当時の交流の様子なども想像させます。
また、遺体からは武器によって負傷した跡も見つかっており、戦いの痕跡ではないかと考えられているそうです。

埋葬に使われていた棺桶。時代ごとに展示されているため、形状がどのように変化していったかの様子がよくわかります。
ちなみに出土した棺桶は子供用の甕棺の数が多かったとのこと。当時は、子供の死亡率が高い時代だったようです。

なぜこの場所に埋葬したのだろうと考えた時、亡くなった人たちを側に感じていたかったのではないかなと思いました。
比較的近くにある板付遺跡のように、おそらく金隈遺跡の近くにも集落がいくつかあったのではないかと思います。
亡くなった方が自分たちの生活を見守ってくれるように、周囲がよく見える小高い丘に埋葬した。
当時の宗教観はよくわからないのでどこまでいっても僕の想像でしかないのですが、そんな事を感じました。

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