あ 4話
バザー本番・女
※虫の描写があります
画びょうが刺さったカメムシは、窓辺へよけておいた。
ひらいた羽が、薄い影をつくっている。
扉が開き、人々が押し寄せる。
わたしは一人、玄関の隅でしゃがむ。
大勢の足が靴を脱ぐ。
いろいろな靴下。
その靴下を包む茶色いスリッパの群れ。
廊下を通り、大ホールへ吸い込まれていく。
玄関の床に視線を下ろす。
一匹の蟻が這っている。
蹴飛ばされたスリッパ。
蟻の上へ、落ちた。
わたしはしゃがんだまま寄る。
手を伸ばし、スリッパを浮かせた。
蟻は、動かない。
指先で触れると、脚をばたつかせる。
人差し指をのぼってきた。
不意に、誰かの足先がわたしの尻を蹴っていく。骨の微振動。
蟻の姿は消えていた。
首の皮膚が、くすぐられる。
くすぐったさは鎖骨を横切り、胸の方へ。
咄嗟にカットソーの襟もとを押さえる。
俯く。
わたしの足の甲に人の影が乗っている。
玄関の床に四角い影。
見あげる。
ガラスの向こう。
プラカード。
灰色の黒目。
男は顔を左へ向けた。
長い首。筋が斜めに走り、喉仏が上がって、落ちた。
わたしは視線を下にずらす。
男のズボンの前ポケット。
口を開けたワニは、見えなくなっていた。
「……どこですか?」
と知らない人が言った。
最初の方は、聞こえなかった。
わたしは「え?」と言った。
青野さんが駆けてきた。
知らない人を連れ、階段をのぼっていく。
トイレに向かっているのだと、わかった。
「林さーん、会計手伝ってー」
と副会長の森田さんに呼ばれた。
立ちあがる。
顔に一瞬で霜が張るような冷え。
視界が白く飛ぶ。
玄関のガラスに手をついた。
「あ」
くぐもった声。
振り返る。
ガラス越しの男の顔。
わたしは目を逸らす。
「大丈夫?」
と男。
息。
ガラスが曇る。
近い。
STINK BUGS ARE BEAUTIFUL
男のTシャツの英語。
頷く。
息を吐きそびれたまま、廊下の奥へ駆けた。
会計の長机。
副会長の森田さんがわたしに手招きをする。
トツ、トツ、トツ……
足音。
「林さんっ」
と張りのある声。
階段をおりてくる青野さん。
「保護者会長」の腕章が、窓から差す日光に反射した。
「持ち場を離れちゃだめだよ」
と青野さん。
玄関の方へ視線を向け、舌打ち。
わたしは副会長の森田さんを見る。
森田さんはクッキー缶に小銭を落とし、
「ありがとうございました」
と袋を提げた人に会釈をした。
