あ 5話
バザー片付け・男
青空。
公園の鳩が一斉に飛び立つ。
白い煙を吐く。
煙草を携帯灰皿でつぶし、幼稚園に戻る。
ぼくに背を向けた妻。
「指紋つけないでよ」
と雑巾で玄関のガラスを拭く。
ぼくの手の跡が消えた。
外の柱に立て掛けておいたプラカードが倒れている。
起こし、妻に差し出す。
「自分で片付けて」
と妻。
灰色の玄関へ入る。
内側からもガラスを拭く。
林さんの手の跡も消えた。
プラカードを掲げる。
園庭の隅にある物置へ行く。
戸口の前で立ち止まる。
薄暗い庫内。
半分開いた戸口から差す明かりの中、一人、ぺたんこ座りした林さん。
来客用のスリッパが床に散らばり、段ボール箱が逆さ向きに転がっている。
「大丈夫?」とぼく。
踏み出す。
ガツッ。
プラカードが入り口で引っかかる。
掲げるのをやめる。
入る。二人きり。
俯く林さん。
ポシェットを開ける。
黒ずんだバナナの皮が一瞬見えた。
林さんは飴玉を取り出す。
指先で小さな袋を裂き、口に入れた。
頬がぽこっと丸くなる。
ガジッ。
噛んだ。
生姜の匂い。
座ったままスリッパを拾い始める。
襟もとに、隙間。
見ないようにする。
ぼくは後ろの壁にプラカードを立て掛ける。
しゃがむ。
一緒に拾う。
スリッパへ手を伸ばす。
カツッ。
ぼくの指輪が林さんの爪に当たった。
手と手が、スリッパの上で重なる。
「あ」
と林さん。
林さんの口が開く。
飴の欠片と唾が、糸を引き飛ぶ。
放射状。
差し込む明かり。きらきら光る。
ぼくの手の甲に落ちた。
むせる林さん。
歪んだ左頬にえくぼ。
「大丈夫?」とぼく。
林さんは何度も首を縦に振る。
顔全部が赤くなっている。
袖で口を拭う。
布の色がそこだけ濃くなった。
林さんはまたポシェットから飴玉を取り出す。
口に入れる。
また噛んだ。
ガリガジ。
スリッパを拾う林さん。
生姜の匂いとバナナの匂いが漂う。
「林さん」
呼ぶ。
林さんがぼくを見る。
林さんが手に持ったスリッパ。
甲のアーチが、指先の下でへこむ。
「金属アレルギー?」
訊く。
林さんは首を横に振った。
