あ 6話
バザー片付け・女
※生き物の描写があります
玄関と廊下の境目に、来客用のスリッパが散乱している。
わたしはカットソーの襟もとを浮かせ、服の中を覗いた。
胸と胸の間に、蟻が貼りついている。
裾から手を差し入れ、蟻をつまむ。
指の上で横たわる蟻。
息を吹きかける。
頭が持ちあがり、ぴろぴろと揺れた。
窓辺へよけておいた。
「林さーん」
青野さんが濡れ雑巾を人差し指で回しながら近づいてくる。
「しまう前に拭いてね」
とわたしに雑巾を差し出した。
受け取る。
来客用のスリッパを拭くと、雑巾はすぐに黒ずんだ。
スリッパを段ボール箱に詰め込み、抱える。
青空。
園庭の隅にある物置。
右肘で戸を滑らせ、開ける。
灰色。
前髪。かする。
ぽとっ。
ヤモリ。
段ボール箱の上に踏ん張っている。
灰色の尻尾をくねらせながら、蓋の隙間へ消えていった。
薄暗い庫内。
半分開いた戸口。
外の明かりが差している。
箱の底を目の高さまで持ちあげ、つま先立ちをする。
棚には、乗らなかった。
指先から離れた箱。
ひっくり返る。
重ねたスリッパが頭に落ち、ばらけ、床に散った。
気づくと、指先が小刻みに震えている。
膝も震える。
その場に座り込む。
見あげる。
ヤモリ。
壁を這いのぼっていく。
棚のところで見えなくなった。
「大丈夫?」
と裏返った声。
顔を向ける。
戸口の外、プラカードを掲げた男。
わたしを真っ直ぐに見つめ、大股に踏み出した。
入る。
二人きり。
男はプラカードを壁に立て掛けた。
一緒にスリッパを拾ってくれた。
スリッパへ伸ばした男の手が、わたしの手に重なる。
「あ」とわたし。
喉がつっかえる。
噛み砕いた飴の欠片を、男の手の甲に落としてしまった。
指輪にも乗った破片。
カピカピに黄ばんだごはん粒みたい。
男が咳き込むわたしを見ている。
気がする。
「林さん」
と男が囁く。
噛み終えた二個目の飴を飲み込む。
力が入る指先。
スリッパの甲のアーチがへこむ。
「金属アレルギー?」
と男は言った。
園舎から、オルガンの音が聞こえてくる。
園児たちのばらばらの歌声が始まる。
男は長い首をねじり、音のする方へ顔を向けた。
右のあご下に、剃刀負け。
歌声はサビのところできれいに揃う。
男が、鼻をすすった。
床に置いたままの男の手の甲。
きらきら光る破片。
わたしはポシェットを開ける。
小さな袋を取り出す。
指先で袋を裂く。
真四角のアルコール綿。
手を伸ばす。
男の手の甲を、アルコール綿で拭く。
バンッ。
大きな音をたて、プラカードが倒れた。
前髪が一瞬浮いたのを感じながら、わたしも、男も、手の甲を見下ろしていた。
