あ 7話

バザー打ち上げ・男


緑色のハンドソープ。
右手と、左の手のひらだけ洗う。

蛇口をひねる。
水。
左手の甲も濡れた。
やっぱり全部洗い直す。

顔をあげると、鏡にぼくの顔が映る。
涙ぐんでいる。
ポケットからタオルハンカチを出し、目を押さえる。
ワニのワンポイントの硬さ。頬に当たる。
ハンカチをトイレの床に落としたことを思い出す。

水色の便所スリッパ。
左足だけ脱げない。
すのこの側面でスリッパの踵をトントンして足から抜く。

蝶番が叫び、トイレから出る。

階段をおりる。
ジグザグを曲がったところで立ち止まる。

灰色の玄関に、ぽつんと林さん。
窓辺に立ち、少し俯いた横顔。
横髪を食べているように見える。

「お昼だよー」
と妻の声。

保護者たちがぞろぞろ大ホールへ吸い込まれていく。

林さんは動かない。
唇だけ、小さく動いている。

耳を澄ます。

「し、ご……く……」


「来て!」 

と妻。
階段の下からぼくに手招きをする。

「高野豆腐入ってるよ!」
茶髪を揺らし、大ホールへ消えた。

階段をおりる。
緑色の廊下を歩いていると、林さんが顔をあげた。
ぼくを見る。

「あ」
少し明るい声。

「あ」
ぼくも言う。

大ホールへ駆けていく林さん。
ポシェットが弾む。



「今年は、過去最高の売り上げを記録しました」
と妻が人差し指を掲げる。

ホールに響く拍手の音。
止まない。
誰かが指笛を吹いた。

大きなテーブルを囲む保護者たち。
その前に並んだ仕出し弁当と緑茶。紙パック。

林さんはテーブルの角っこに座っている。
食べにくそう。

高野豆腐を箸に取る林さん。
かじる。
高野豆腐がつぶれ、汁が前へ飛び、弧を描く。
テーブルに小さな水たまりができた。

林さんの唇に、艶。

「あーあー」
と林さんの隣の保護者。
立ちあがる。
さっとティッシュでテーブルを拭く。

俯く林さん。
隣の保護者の子どもに見える。
高野豆腐の二口目をかじる。
一口目より小さい歯形ができた。


「あげる」
と声。

顔を向ける。
妻が箸で高野豆腐を挟んでいる。
滴る汁。
ぼくの弁当に置いてくれた。

「ありがとう」とぼく。
「いいえ」
微笑む妻。
その右の目玉。
白目に、赤い血の塊が見える。


高野豆腐の下のアジフライ。
衣がふやけていく。