あ 8話

バザー打ち上げ・女

※生き物の描写があります

園児たちの歌声が消え、オルガンの音も消えた。
足音が一斉に駆け出し、勢いよく水道の水が落ちる音。

「石鹸おいしいよ」
と園児の声。


薄暗い庫内。
半分開いた戸口から明かり。

男の手の甲からアルコール綿を離すと、少し、皮膚が赤くなっていた。

「ありがとう」
と男は鼻声で言った。

男は段ボール箱を棚の上へ置いてくれた。
Tシャツの袖から伸びる長い腕。
筋が走り、肉が盛り上がっている。

ぺたっ。

灰色のヤモリが床に落ちた。
物置の戸を這いのぼっていく。

男も、小走りに去っていった。

立ちあがろうと床に手をつく。

蟻が五匹這っている。

振り向く。
蟻の行列。
ポシェットから伸びている。

「林さん」

声の方を見る。
青野さんが戸口の外に立っている。

「なにかあった?」
と青野さん。

日光の下、茶色の髪がオレンジ色に見える。

「うちの夫が、ここから走って出てくるのが見えたから」
と青野さん。
庫内に片足だけ踏み入れる。
顔が薄暗さに染まる。

「幼稚園の物置って、いろんな匂いがするよね」

青野さんは庫内を見回す。

白目の血の塊。
陰って黒く見えた。

半分だけ開いた戸。
青野さんが右肘で押した。
滑る。
戸はガシャンと音をたて、光の幅が広がる。
庫内が、明るくなった。

灰色。

青野さんの肩にヤモリが落ちた。

「あ」
と声が出る。

「あ」
と青野さん。
肩に乗ったヤモリを手でつかんだ。

薬指と小指の間からはみ出た尻尾。
素早く往復している。

「お弁当届いたけど、体調悪かったら無理しないでね」
と青野さんは去っていく。

わたしは立ちあがる。
物置から出る。

太陽の白さ。

目を閉じる。
ゆっくりひらいた薄目の視界。
青野さんの背中。
手をひさしにし、見つめる。

園庭のひまわりの前。
立ち止まる青野さん。
葉の上にヤモリを逃がす。
葉は縦に向いた。
ヤモリは四本の脚で空気をかきながら落ちていく。

茎がしなり、ひまわりの花が揺れていた。




灰色の玄関。
窓辺に立つ。

ポシェットを開ける。
指先で小さな袋を裂き、真四角のアルコール綿を出し、カットソーの裾を少しめくり、腹の皮膚を拭き、針を刺す。

「いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち、く、とお」

十秒数え、針を抜いた。

窓辺によけておいた、画びょうの刺さったカメムシ。
さっきよりも軽い。
アルコール綿の空袋でカメムシと蟻を包み、ポシェットにしまう。

ぺたぺたと足音。

顔を向ける。
緑色の廊下に男が立っている。
男のズボンの前ポケット。
消えていたはずのタオルハンカチ。
また、はみ出ている。

ワンポイントのワニ。

「あ」
と声が出る。

「あ」
と男。

灰色の黒目。
白目が少し、赤くなっていた。