あ 14話
バザー翌朝1・女
「おかあしゃん、おかあしゃん」
声。
薄目を開ける。
ぼやけた視界。
天井のしみ。
小さく柔らかな手が、わたしの小指を握る。
パチンッ。
ちくっとする。
ピッ。
「おかあしゃん、お口開けて」
娘の両手の指先が、わたしの唇と唇の間に触れる。
「開けてよぅ」
こじ開けてくる。
わたしは口を開ける。
唇の端へ、ストローを挿し込まれる。
「飲んでよぅ」
吸い込む。
コーラ。
舌の上に落ち、流れ、喉へ。
「あ」
とわたし。
咳き込む。
鼻に入る。
痛い。
顔を横へ向ける。
枕もとの娘。
正座。
わたしを見つめている。
小さな手の中の、血糖測定器。
真四角の液晶画面。
わたしに向ける。
「46だよ」
と娘。
わたしの口へ、またストローを挿し込む。
閉まらない口で吸う。
半分くらい、コーラが頬を伝う。
残りは飲んだ。
目を閉じた。
娘の鼻歌が聞こえる。
わたしは布団をめくり、上体を起こす。
ちゃぶ台の前で膝立ちした娘。
プラスチックのコップに、牛乳を注いでいる。
パチンッ。
ちくっ。
針で指先に穴を開ける。
小さなドーム型の血が出てくる。
それを測定チップに吸わせる。
ピッ。
真四角の液晶画面。
「205」
わたしは布団から立ちあがる。
台所へ行く。
背中を屈める。
オーブントースターにアルミホイルを敷く。
餅を二つ置き、つまみを回した。
娘は袋のきな粉を茶碗へ移す。
スプーンを使い、砂糖と混ぜ合わせてくれている。
すずめのさえずり。
流し台の前に立つ。
窓辺の豆苗。
みんな同じ方向に伸びている。
顔を右へ向ける。
壁に掛けた百円の鏡に、わたしの顔を映す。
髪が真上に向いている。
感電した人みたい。
蛇口をひねる。水。
シンクに頭を突っ込み、髪を濡らす。
横に向く。
ついでに顔も洗う。
タオルで頭を包み、顔をあげる。
あご、毛先から落ちる水滴。
水色のパジャマが濡れ、濃い青になる。
サイレンの音が聞こえる。
掃き出し窓で背伸びをして、外を見ている娘。
わたしに振り返る。
「しょうぼうしゃ」
きな粉を口から吹きながら言う。
娘の隣に立つ。
窓から見下ろす。
消防車。
赤い光。
住宅街を走っているのが見える。
歯医者の隣に、停まった。
チンッ。
オーブントースターが鳴った。
わたしは、駆け出した。
頭からタオルが落ちた。
駆けた。
