あ 11話
夢・男
カーテンを閉め切った薄暗い部屋。
林さんの右手を両手で包む。
まぶたを閉じる林さん。
直毛のまつ毛の先は天井に向いている。
赤らんだ頬に、汗。
小さな耳へ滑り落ちていく。
ズボンのポケットからタオルハンカチを抜く。
林さんの頬に、四つ折りのまま当てる。
「あ」
林さんがうめく。
ぼくは頬からハンカチを離す。
ワニのワンポイント。
赤く染まっている。
林さんの顔を見る。
爪の跡みたいなえくぼ。
一円玉くらいの大きさに広がっている。
ぼくは林さんの腰をさする。
「あ」
と歪んだ顔。
えくぼの穴が五百円玉くらいになった。
林さんはベッドの柵につかまり、立ちあがる。
林さんの手を取ると、ぼくの肩にもたれかかってくる。
髪の毛からバナナの甘い匂い。
二人で病室を出る。
艶のある緑色の廊下。
しんとしている。
林さんの小さな歩幅に合わせ歩く。
林さんのピンク色のゴム製便所スリッパ。
高い足音。反響する。
灰色の玄関。
ガラス扉を押す。
鳩が一斉に飛び立つ。
青空。
オルガンの音。園児たちの歌声。
園庭の隅までゆっくり歩く。
触れ合う肩と腕。
ぼくの体温か、林さんの体温か、わからない。
物置の戸を滑らせる。
白く明るい部屋。
二人で入る。
分娩台に乗る林さん。
ぼくは枕もとに立ち、林さんの頭を支える。
「赤ちゃんも頑張ってるよー」
と妻。
林さんの足もとに立っている。
「あ」
と林さん。
澄んだ声。
左頬の穴から、金色の丸い画びょうが産まれた。
「痛くないの?」
と訊く。
林さんは指を閉じ気味にピースサインをする。
左頬にあいた穴。
錆びた蝶番のような音をたて、もとのえくぼの形に戻っていく。
「林さん、お腹空いたでしょう」
と妻。
林さんの腹の上に高野豆腐を置く。
水色の分娩着。
その下だけ濃い青に変わり、段々広がっていく。
妻に会釈する林さん。
バナナをかじる。歯形。
冷たい。
視線を下に向ける。
灰色の玄関にしゃがんだ林さん。
棒立ちのぼく。
真四角の濡れティッシュで、ぼくの手の甲を拭いてくれている。
林さんの唇が小さく動く。
「し、ご……く……」
ぼくは首を傾げる。
涙が斜めに伝う。
オレンジ色の花びら。
ひらひらと落ちてくる。
