あ 3話

バザー本番・男


ガラスの外から、灰色の玄関を見る。
しゃがんだ林さんの背中が見える。
カットソーとズボンに隙間。
パンツの上の方が出ている。

上着を持ってくればよかった。


表の道に行列。
九割、女の人。
青空の下、ぼくは「バザー会場 入口」のプラカードを掲げる。

扉が開け放たれ、人々が玄関の中へ流れ込む。

ガラス越し、溢れかえる足、足、足。
並んだ来客用のスリッパは、踏まれ、蹴られ、履かれ。
しゃがんだまま歩く林さん。
散ったスリッパを拾っては並べる。

肩にかけたポシェットが玄関の床を這っている。
ぼくは中にしまったバナナの皮が気になる。

誰かが蹴飛ばしたスリッパ。
弧を描き飛び、床に落ちた。

スリッパに手を伸ばす林さん。

襟もとに、隙間。

鎖骨の少し下の肌が見える。

林さんが襟もとを手で押さえ、顔をあげた。
目が合いかける。

咄嗟に顔を逸らすと、向かいの塀に猫。
目が合う。
ぼくは目を逸らす。
また玄関の方を見る。

ガラス越し、しゃがんだ林さんを見下ろす一人の客の姿。

「トイレどこですか?」
と林さんに訊く。

林さんの口が少し開く。
「……」
声が小さい。
ガラスが邪魔して聞こえない。

たぶん「あ」と言った。

妻が駆け寄ってきて、客を連れて去っていく。

しゃがんだまま見送る林さんの後ろ姿。

つむじの白髪。
二本のうちの一本は波打っている。


「林さーん、会計手伝ってー」
と保護者の声。

立ちあがる林さん。

よろける。

玄関のガラスに手をつく。

張りついた手のひら。
生命線が見える。

顔だけ向く林さん。
目が合う。
目を伏せる。

「大丈夫?」とぼく。

直毛のまつ毛。
少し持ちあがる。
林さんは首を縦に振る。

赤らんだ頬。
おかっぱの後頭部になり、小走りに去っていく。


ガラスに白い手のひらの跡が残っている。
逆側から、ぼくの手を重ねてみる。

薬指の指輪がカツッと音をたてた。


冷たい。

平熱の体温は何度あるのだろう。