あなたの生きづらさは、あなたが生まれる前から始まっていたかもしれない
ふくろうっちです。
今日も暗闇の中でそっと目を開けて、夜明けを待っています。
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「なぜこんなに生きるのが苦しいのだろう」 そう感じたことはありませんか?
臨床心理士としてお話を伺ってみると、よくこのような言葉をお聞きすることがあります。
「朝、目が覚めた瞬間に言いようのない不安が襲ってくる」
「どれだけ頑張っても、自分はまだ足りないと自分を責めてしまう」
「人の目がとても気になる」
「本当の自分を見せたら、嫌われてしまうのではないかと怖い」
こんなふうに感じてたら、生きるのは苦しいし、生きづらいですよね…
このような感覚や生きづらさの根っこを辿っていくと、本人の中だけにあるとは限らない…と感じています。
全てのケースでそうだと断言はしませんが、あなたが今感じている苦しさ、生きづらさの一部は、あなたが生まれるずっと前、親や祖父母の世代がどう生き、どう傷つき、どう耐えてきたかの延長線上にあるのではないかと思うことがあります。
それは、親から子へ、そのまた子へと引き継がれた感情の抑え方、愛情の表し方、痛みへの向き合い方が、まるでバトンのように受け継がれたものの影響かもしれません。
これは「世代間伝達(Intergenerational Transmission)」と呼ばれるもので、心理学の領域でも研究されています。
愛情が届かない悲劇
ここではクライアントの話ではなく、私自身の家族の例を挙げたいと思います。
それは父と息子(私の弟)との関係です。
父は息子を亡くしています。
父はずっと「自分の育て方が悪かった」と後悔し、自分を責めていました。
息子を亡くした時、滅多に見ることのない父の涙と震える肩を見て、私はその父の姿が見ていられなかったし、何もしてあげられない絶望感も感じました。
この父の自責感は、後に患ったうつ病にも大きな影響を及ぼしました。
私から見た父は、誰よりも教育熱心で、理想が高く、愛情の深い人でした。
時にその愛情が重く、疎ましく感じることもありましたが、少なくとも娘である私は父にとても愛されていると感じていました。
子どもに全精力と意識を向けている、何事にも一生懸命な人でした。
そんな父は、男の子である弟には私よりもっと厳しかったです。
強く非難したり、時には手もあげていました。
父には「男だったら、こうあって欲しい」という希望と期待があったのでしょう。
父と弟の関係が、弟の生きづらさを形づくった全ての要因ではありませんが、今の私が父と弟の関係を考えると、愛があるのに、充分に伝わってなかったのが、なんとも言えず悲しく無念に思います。
ありのままで価値がある存在なのに
弟は、父から何か「〜しなさい」「〜しちゃダメだ」と言われる度に、自分がありのままでいてはいけないと感じていたかもしれません。
ありのままの自分が否定されたように感じる傷つき体験が多く重なると、自分らしく生きられなかったり、人から否定されることに敏感になったり、自分はダメな人間だと【勘違い】してしまうことがあります。
これはあくまでも勘違いだと声を大にして言いたいです。
(ここは強調しておきたいのですが、ダメな人間なんて基本いないからです)
だから、私から見ても、弟は生きづらかったように見えます。
こんなことに早く気づいていたら、もっと私の役目もはっきりしていたかもしれませんが、悲しいことに今では遅すぎます。
父の育て方を全て否定したくないし、弟も父の愛を理解していた部分があったと思っていますが、父の本当の愛が充分に伝わらず、弟にとっては時に「自分はダメな人間なのだ」というメッセージとして伝わってしまったこともあったのかも知れないとは思います。
あなたは「何かができるから価値がある」のではありません。
生まれた時から、そのありのままの存在自体に価値があります。

父にとっての「愛」の捉え方
父は戦後、子どもがいなかった叔父のところに養子に出されました。
養父である叔父は仕事で成功し、戦後でもかなり良い生活をしていたと聞いています。
きっと厳しい世の中を渡っていくのに、相当、努力したのでしょう。
父は、養父がいかに躾に厳しかったかをよく話していました。
厳しい言葉を浴びせ、手をあげると、小学生の自分は吹っ飛んでいったと聞いたこともあります。
その時は養父が憎くて辛い思いをしたけど、大人になって養父が実は誰よりも自分を愛してくれていたのだと気づいたとも話していました。
今の私はこう思います。
父は、その養父から受け取った「愛の表し方」を、そのまま弟に手渡していたのだ、と。
父は弟を愛していなかったわけではありません。
ただ、自分が教わった通りの愛し方しか知らなかったのです。
そして、その養父も、自分が頑張って成功を手に入れ、子である父に同じような厳しさの中で頑張って欲しいとの表現が、その養育スタイルとなったのでしょう。
それは世代を超えて、家族という大きな流れの中で受け継がれてきたもので、「誰のせい」でもなく、「連鎖」の結果のようなものだったのかもしれません。
気づいた時点で終わらせることができる
あなたが長い間抱えてきた生きづらさは、もしかしたら、あなた一人の問題ではなかったのかもしれません。
親もまた、その親から受け取ったものを精一杯生き、その中で愛し方や感情との向き合い方を学んできたはずです。
その中には、親の傷つき、親の痛み、生きる術が混ざっていたのかもしれません。
そして、そのバトンは知らず知らずのうちに、次の世代へと受け継がれていたのでしょう。
だからといって、自分のつらい経験や傷つきがなくなるわけではありません。
でも、その背景を知ることは、「私がダメだから苦しいのではない」と、自分を見つめ直すきっかけになるでしょう。
連鎖は、誰かを責めることで終わるのではなく、気づいた人のところで少しずつ形を変えていきます。
良かったら、あなたが自分に向ける言葉をほんの少し優しくすることから始めてみてください。
「私はこれまで十分頑張ってきた」と認めてあげてみてください。
だって苦しい中、生きづらい中を生きてきたんだから…
「ありのままの私で充分価値がある」と信じようとしてみてください。
世界中、どこを探してもいない唯一無二の存在なんですから…
いつもこう考えていなかった人が、このように思う為には試みが必要です。
自分の意思が必要になります。
でも、そんな小さな一歩が、あなた自身だけでなく、その先の誰かへと受け継がれる新しいバトンになるかもしれません。
あなたは、生まれたその日から、かけがえのない存在です。
何かができるから価値があるのではありません。
誰かの期待に応えられるから価値があるのでもありません。
あなたは、あなたであるというだけで、充分に価値があります。
もし今日、この文章を読んで少しだけ心が軽くなったのなら、その気づきが、新しい物語の始まりになりますように。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
出口が見えない夜も、ふくろうはそこにいます。
あなたの傍に。
ふくろうっち 米国臨床心理士・死別支援20年
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