「孤立」と「孤独」と「孤高」の人
この記事は共同運営マガジンのお題シリーズです。他者の問いかけを起点とし、自由な思索探求でたどり着いた気づきを語ります。
【「孤独」をどのように定義づけますか? そして、その反対語とは?】
12月共同運営マガジンお題より
小学校の卒業記念に、サイン帳をやり取りした経験はありますか?
デジタル化された今でも、細々と続いている地域があるようですね。
「孤立」と「孤独」の違い
今回のお題で思い出したのは、小学校卒業時の先生の言葉です。
サイン帳には、ひとりひとり別々の文章を贈ってくださいました。(今思えば大変だったと思います)

静かな少女にも親しい友人はいたので、どうして先生はこんなに寂しい感じの文章を贈ってくださったのだろう、と思ったものです。
それで何十年を経ても覚えている訳ですね。
真意をお聴きすることは叶いませんが。あの年代の少女にしては、友人と群れることが少なかった者へのエールを感じます。
(無意識の中にフリーランスの芽があったのかも。孤独の反対は個人的には「群れ」でしょうか。フラットな意味合いで。)
「孤立」と「孤独」という言葉、どちらも辞書では中立的な言葉ですが、実際にはネガティブ寄りな用例が多いです。
たとえば、2つの言葉で四字熟語を連想してみると。
「孤立無援」・「天涯孤独」
おぉ、「孤立」は思い切り寂しい熟語になりましたね。
「孤独」は中立的な事実の熟語になりました。
先生が「孤立ではなく孤独」と書かれたのは「孤独」にポジティブな意味づけをされたのかもしれません。
それがたとえば「孤高」に近しい意味合いなら嬉しいですね。
(実は私、凛と立っている「孤高の人」が憧れなのです)
「孤独」な時間の大切さ
心理学的にいうと、孤独なひとり時間が大切なタイプの人がいるようです。
こんな特性を持った方でしょうか。
・ひとり遊びが苦にならない
・長い時間人といると消耗する
・マイペースで活動したい
・距離を保つことで疲れにくくなる
・情報、刺激に敏感に反応する
ちなみに私は、ほとんどに当てはまりますね。
人とお会いすること自体は楽しくて好きです。(インタビューで”人見知りでも人が大好きライター”と名乗るぐらい)
でも、ひとりになった時の安らぎ時間に、外活動は基本重装備をまとっていたと気づかされるのです。
本来の自分に還り、孤独の中で自分を見つめる。
それは創作を生み出すには必要不可欠な時間です。
あとがき
小学校の時の先生は大きな影響を与えるものですよね。
教師は次世代を育て希望を託す素晴らしい職業だと思います。教師の友人の話によると、私が子どもの頃とは違った大変さがあるそうですね。
先生業の皆さま、どうぞ心が疲弊されませんように。そして、未来人の糧になる言葉をくださいますよう、願ってやみません。
親以外で最初に出会う、信頼するに足りる大人。そのほとんどは小学校の先生なのですから。
こんなお話もありました。
お題をいただき、書くつもりのなかった題材による気づきのシリーズ(マガジン)が誕生しました。(お題をいただいた方に感謝を申し上げます)
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心と身体の繋がり探求人、梨理(りり)でした。
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