【読んだ感想】『火山のふもとで』松家仁之
穏やかで静かな時間が流れているのに、少しずつ何かが動いている。
日常の細やかな描写が美しくとても心地良かった。
外から眺める浅間山は毎日 ただそこに悠然と佇んでいるように見える。でも実際はその地中、奥深くでフツフツとマグマが活動に備えて準備をしている。
坂西青年と彼を取り巻く設計事務所の人々、そして浅間山が連動しているようで、だから「火山のふもとで」なのだと納得した。
鳥や蝉の声、雨や風の音、レコードがら流れる音楽や車内での沈黙。
太陽の光と停電の暗闇、そして蝋燭の灯り。
桂の木が青々と茂る様子から黄葉し、やがて骨格標本のように枝だけになる様子。
桂の葉の甘い匂い、コーヒーの香りやお料理の匂い、石鹸の香り。
朝食のサラダや素朴だけど丁寧な料理、焼きたてのスコーン。
夏の暑さと嵐の風雨、冬の寒さと雪。
物語の中には沢山の鳥が鳴き声を奏で、光と闇がバランス良く訪れ、季節の移り変わりが桂の木を通して描かれ、色々な匂いが香り、美味しい料理を食べ、気温や風を肌で感じる。
常に五感の全てに働きかけてくる。
物語は1人称なのに登場人物1人1人のキャラクターが際立ち、1人称の物語であることを忘れてしまうことさえあった。
先生の建築家としての間取りの考え方やきめ細やかな配慮、そして控えめで穏やかな性格は多くを語らないのに大きな存在感を放っている。
品種改良されたスミレと、鉄やコンクリートでできた高層ビル。
藤沢さんと坂西くんの会話で構成されるこの場面で、作者は自然に対して人間が手を加えることへの警鐘を鳴らしたかったのでは無いかと思った。
人間の都合で作ってきた沢山のものは果たして本当に必要なのか。
私の中ではこのことは常に大きなテーマで、いつも自問自答している。作者が言いたいことが私の中にグッと食い込んできて共感する。
先生と奥さんと藤沢さん、坂西くんと真理子と雪子。坂西くんはそれぞれへの気持ちを持ちながら、この後も「夏の家」で過ごすのだろうか。
フランク・ロイド・ライトの落水荘、ミース・ファン・デル・ローエのグッゲンハイム美術館、アスプルンドのストックホルム市立図書館、マルティン・ニーロップのコペンバーゲン市庁舎など、世界の有名建築。
アルヴァ・アアルトのパイミオ・チェア、ハンス・J・ウェグナーのスリー・レッグド・シェルチェア、マーク・ロスコの抽象画など、家具や絵画。
これらを頭の中で思い浮かべると、本を読んでいるのに一気に視界が広がり、そこも楽しい。
この素敵な物語を教えてくれた、なっちゃんに感謝。
余談
かつて私は建築士になることを夢見て、看護師をしながら夜間学校に通い2級建築士を取得した。同級生が働く事務所で模型の制作を手伝わせてもらったり、建築事務所の見学や面接に行ったこともあった。
当時の建築業界は就職氷河期。
建築事務所では師匠から学ばせて頂くと言う風習が根強く残り、時給は500円だった。到底食べていけないと思った私は、建築業界への就職をあきらめ看護師へと舞い戻ってしまった。
あの時の私は30歳。今から思えば30歳ならなんだってできた。苦労したって貧乏だって本当にやりたいと思っていればやれたはずだ。
でも、30歳で時給500円は無理だと思った。
何歳になっても本当にやりたいことならやるべきだと今なら思える。
あの時に戻って、30歳なんてまだまだ若いよと言いたい。
全てが言い訳で、何もかもを捨てて建築の世界に飛び込むほどの情熱がなかっただけだ。
その選択をしたのは私だ。
今30歳に戻ったら、私はどうするだろう。時給500円でも設計事務所に就職するだろうか。するような気がする。
自分の人生の責任は全て自分にある。
そんなことも読みながら考えていた。
