北九州〜由布院の旅⑤ フェリーでお湯を入れられない男。
午前中、門司港レトロな建築を3軒ほど見て周り、小倉でレンタカーを返却すると門司駅へ向かった。小倉から新門司港まではバスで40分ほど。私はバスが苦手なので小倉から門司へ電車で行き、門司から新門司港まで20分だけバスに乗る。
定刻を少し過ぎて紫色のバスがやって来た。小倉駅からの乗客でバスの席は2/3以上埋まっている。補助席を使用し全員無事に座れたのを見て、小学校の遠足を思い出した。
と、運転手さんがマイクを握り話し始めた。
ボソボソボソボソ。70代位の男性運転手は顔は青白く覇気がない。声は薄く何を喋っているのか判然としない。顎の辺りまである髪をスプレーでカチカチに固めていて、毛先が凶器のようだった。
実は必殺仕事人の新メンバーでアイスピックのお涼、とか言って、髪の毛をむしり取ってはシャキーンと投げて悪いやつを成敗しているのかもしれない。
バスはみんなを乗せて、どこか別の世界へ行ってしまうのでは、と思ったが、予定より15分遅れ35分かかって新門司港へ到着した。
何度もバイクでフェリーの旅をしているもっさりは、乗船すると「フェリーのことは俺に任せとけ!」と言って意気揚々としている。
部屋の鍵を受け取り もっさりの指示通りに動くと、私たちの部屋とは違うエリアだった。何度か迷い部屋に到着。窓がない部屋だと思っていたのに窓がついていたので2人ともハイテンションになる。
乗船直後、食堂は長蛇の列。もっさりが「並んでまで食べたくない」と言うので、甲板で記念撮影をしゲームコーナーで2人並んでスロットをする。
年に何度か2人でスロットに行くが、大当たりした試しがない。が、こんな時に限って当たる。ケンシロウのアチョー!の声が狭いゲームコーナーに響き渡って恥ずかしい。
フェリーのスロットはお金には換金されない。一定数のメダルが貯まれば自動的に景品が出てくる仕組みだ。大当たりの最中にメダルが規定の枚数に達すると勝手に景品が出て来て、メダルが0になった。ボーナスゲームの最中なのに回せなくなってしまう。もっさりが100円を投入してくれて続きを打つ。
出て来た景品はミニスマホのおもちゃ。ゲームコーナーにいた小さな兄妹連れのお父さんに「よかったらどうぞ」と手渡す。おもちゃは妹ちゃんの手に渡り、お兄ちゃんは またおもちゃが出ないかと、北斗の拳を打つ私の後ろに立って、ずっと眺めている。
もう1度当てないと漢むくみの面目がない。しばらくして大当たりを出すも、メダルの枚数が景品には届かなかった。
私はスロットに飽き、残りをもっさりに託すと売店にお土産を見に行った。
レンストランの列は殆ど解消していたが、子供が多く学校のような賑やかさ。
「俺はカップラーメンでいい」
もっさりが突然、そう言い出した。
え?レストランでご飯食べへんの?もう列ないやん。と思ったがもっさりの意思は堅そうだった。
「こんなことなら小倉でお弁当でも買っとけばよかった」
と私は少し不機嫌そうに言った。
売店近くの窓際のカウンター席をもっさりが確保し、私はカップラーメンを買いに行った。
お湯を入れたカップラーメンを2つ持って歩くのは危険と判断し、買ったカップ麺を一度席へと持っていく。私は鈍臭いので、こう言う時は大抵もっさりが「俺がお湯入れてきたるわ。むくみはここで待っとけ」と言うのだが、言わない。
「フェリーのことは俺に任せとけ!」と言っていたもっさりに
「自販機コーナーにお湯があるらしいで」と言うと
「分からへんから行ってきて」と言われる。
「フェリーのことは任せろって言ってたやん」と言うと
「お湯の入れ方分からへん。フェリーでお湯は今まで入れたことないねん」と駄々っ子のよう。
私だってフェリーでお湯なんか入れたことないわ。乗船した時の「俺に任せろ」は何やったんや?
と、言いたいところを我慢して、お湯を入れるために2往復する。
気を取り直してカップ麺を啜る。もっさりはカップヌードル カレーBIG、私はどん兵衛。2人でカップ麺を食べるのは初めて。
久しぶりに食べたカップ麺はなかなか美味しかった。夜にカップラーメンを食べるのって、親に内緒で悪戯をしてる時のような背徳感がある。
こう言うのもたまにはいいのかも。などと思う。
自販機コーナーの17アイスを買って部屋で食べた後、もっさりはシャワーを浴びないと言って、スマホをいじりながらベッドに横になった。
私がシャワーを浴びて部屋へ戻ると、背中を丸出しで片手にスマホを握りしめて眠っていた。胸の前に両腕で抱え込んでいる掛け布団を よいしょと引っ張り出して背中にかけても、ピクリともしない。
「俺はカップラーメンでいい」と言った時から調子が悪かったのかもしれない。
HSPのもっさりは乗客の多さや子供の騒ぐ声に疲弊し、更には旅行や運転で疲れていたのかもしれない。
いや、でも、もっさりがHSPだからと言って私は容赦しない。
翌朝 大阪南港に到着し、下船のためにロビーへ行くと少年野球チームの一団や親子連れで賑わっていた。
辺りを見回しながら
「スーツの人、誰も乗ってへんなぁ」
と、呟くもっさり。
スーツでフェリーの旅をする人なんてそういない。
大阪南港駅までの道中、ゲームコーナーで私のスロットをずっと眺めていた親子連れが前を歩いていた。昨日あげたおもちゃはまだ持ってくれているのだろうか。
地下鉄の駅でもっさりとさよならをする。朝に別れるのって、なんか寂しい。これから1日が始まると言うのに。
もっさりが降り、車内にいる私に向かって手を振る。ドアが閉まると後ろを向いて歩き始めた。が、電車が発車すると急に振り返り、1990年頃のJR東海のCMのように車両を追いかけて走り出した。しかしもっさりが見つめているのは私が乗っているひとつ後ろの車両だった。
そっちじゃないから。
「あれ?いない」と目を丸くしているもっさりの顔がおかしくて、私はうつむき、肩を震わせて笑っていた。
日曜日の早朝の地下鉄で、肩を震わせて笑っている私もまた、他人から見れば可笑しかっただろう。
