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【石油王】ロックフェラーってどんな人?|石油ではなく、流れを支配した男


石油王なのに、掘っていない


「石油王」と聞くと、巨大な油田を掘り当てた人物を想像するかもしれません。しかし、ジョン・D・ロックフェラーの成功は、石油を掘るところから始まったわけではありません。

結論からいうと、ロックフェラーは油田を掘り当てたから石油王になったのではありません。石油が利益に変わるまでの「流れ」を押さえたから、石油王になったのです。

当時のアメリカでは、各地で油田が発見され、多くの人が一攫千金を夢見て石油を掘っていました。けれど、油田は掘ってみなければ分かりません。大量の石油が出ることもあれば、何も出ないこともあります。新しい油田が見つかれば供給が増え、原油価格が大きく下がることもありました。

そこでロックフェラーが目をつけたのが、掘り出された原油を灯油などの商品へ変える「精製」です。誰が油田を掘り当てても、その石油を商品として売るためには精製しなければなりません。

彼が選んだのは、一度きりの大当たりを狙う場所ではなく、石油が売れるたびに必要になる場所でした。そして、その場所で誰よりも安く、無駄なく商品を作る仕組みを整えていきます。

石油を安く作る仕組み


精製という場所に目をつけても、同じことをする会社が増えれば、いずれ価格競争が始まります。そこでロックフェラーが徹底したのが、石油製品をできるだけ安く、無駄なく作ることでした。

当時の主力商品は、照明に使われる灯油です。原油から灯油を取り出したあとに残る成分は、十分に活用されず、廃棄されることも珍しくありませんでした。ロックフェラーの製油所では、それらを潤滑油やパラフィンなどの商品に変え、捨てていたものからも利益を生み出していきます。

さらに、石油を詰める木製の樽まで自社で作り、外部から購入する費用や、樽が届かないリスクも減らしました。製油所を大規模に動かし、利益を設備へ戻すことで、作れば作るほど一つあたりのコストが下がる仕組みを整えていったのです。

ロックフェラーの強さは、特別な石油を持っていたことではありません。ほかの会社が見過ごしていた小さな無駄を、一つずつ利益に変えたことでした。

しかし、どれだけ安く作っても、商品を遠くまで運べなければ売ることはできません。そこで次に、ロックフェラーは石油の「移動」に目を向けます。

鉄道を味方につけた


当時、精製した石油を各地へ届けるために欠かせなかったのが鉄道です。どれだけ安く作っても、輸送費が高ければ利益は残りません。ロックフェラーは、製油所の中だけでなく、商品を運ぶ費用にも目を向けました。

スタンダード・オイルは、鉄道会社に大量の石油を継続して運ばせることができます。鉄道会社にとって、毎月安定した荷物を提供してくれる大口顧客は魅力的でした。そこでロックフェラーは、まとまった輸送量を約束する代わりに、運賃の一部を払い戻す「リベート」と呼ばれる割引を引き出します。

同じ石油を同じ場所まで運んでも、スタンダード・オイルの輸送費は安く、小さな製油所の輸送費は高いままです。製造コストですでに差をつけていたロックフェラーは、輸送でも有利な立場を手に入れました。

さらに1872年には、一部の大手製油所と鉄道会社が結んだ秘密協定に参加します。その計画には、自社の運賃が安くなるだけでなく、競合他社が石油を運ぶたびに、その運賃の一部を受け取る仕組みまで含まれていました。この協定は激しい反発を受け、実際に運用される前に撤回されます。

それでも、この出来事はロックフェラーの考え方をよく表しています。彼が支配しようとしたのは石油だけではなく、石油が市場へ流れるためのルートそのものでした。

ライバルを飲み込み、独占へ


石油を安く作り、安く運べるようになったスタンダード・オイルに、小さな製油所は対抗できなくなっていきます。同じ価格で売れば利益が残らず、利益を確保しようとすれば価格で負ける。ライバルたちは、厳しい選択を迫られました。

ロックフェラーは、そうした製油所に買収を持ちかけます。スタンダード・オイルの一部になるか、圧倒的に有利な相手と競争を続けるか。1872年には、クリーブランドにあった26の製油所のうち、22を支配するまでになりました。

さらに、景気の悪化で経営が苦しくなった製油所も次々と吸収します。製油所、倉庫、樽、鉄道輸送。石油が商品として届くまでの流れが、一つの会社へ集まっていきました。

1877年ごろには、スタンダード・オイルがアメリカで精製される石油の約9割を支配していたとされています。ロックフェラーが作った効率的な仕組みは、いつしか他社が入り込めない巨大な壁へ変わっていました。

安く作り、安く届けるという強さが、競争そのものをなくし始めたのです。

成功しすぎて、解体された


スタンダード・オイルは、石油製品の価格を下げ、品質を安定させました。その一方で、多くのライバルを吸収し、鉄道や流通まで押さえたことで、「競争相手が存在できない会社」になっていきます。

新聞や政治家からは、秘密の運賃割引や強引な買収が批判されました。どれだけ効率的な会社でも、一社だけが市場を支配すれば、価格や取引条件まで自由に決められるようになります。スタンダード・オイルの強さは、アメリカ社会にとって無視できない問題になりました。

そして1911年、アメリカ最高裁判所は、スタンダード・オイルが反トラスト法に違反していると判断します。巨大な一社として存在することは認められず、複数の会社へ分割されました。

しかし、ロックフェラーの富まで消えたわけではありません。彼は分割された会社の株式を持ち続け、その後、自動車の普及によってガソリン需要が拡大すると、保有株の価値はさらに上昇していきます。

ロックフェラーは会社を分割されても、石油から生まれる利益の流れを失わなかったのです。

投資家が学べること


ロックフェラーの成功から学べるのは、「石油へ投資すればよい」という話ではありません。大切なのは、注目されている商品だけでなく、その商品が市場へ届くまでの流れを見ることです。

当時、多くの人が夢中になったのは油田でした。しかしロックフェラーが選んだのは、誰が石油を掘り当てても必要になる精製と輸送です。さらに、捨てられていた成分を商品へ変え、樽まで自社で作ることで、他社が簡単には追いつけない仕組みを築きました。

投資先を考えるときも、「何が売れるのか」だけではなく、「それが売れるたびに、どの会社が利益を得るのか」という視点が役立ちます。部品、製造装置、物流、決済、プラットフォームなど、目立つ商品の裏側には、必ず通らなければならない場所があります。

ただし、強い支配力は規制を招くこともあります。市場を独占できる仕組みは大きな利益を生みますが、その強さ自体がリスクへ変わる可能性も忘れてはいけません。

ロックフェラーが掘り当てたのは石油ではありません。利益が流れ続ける場所でした。


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