エッセイ - 喪失、傷を癒す、その他のこと 〜 なぜ自分語りなのか①
喪失、傷を癒す。
そのような言葉が先日、ふわり自然と脳裡に浮かんだ。
いつのころぶりだろうか。
人間の姿で生きていることの違和感を抱く種族が全人類の何%いるかなんて知る気はないけれど、ぼくはたぶんその種族の末裔だろう。はっきりと、いちばん自覚していたのは幼稚園児のころだったように思う。
とにかく「命あるもの」への違和感、たとえば生花、たとえば昆虫、たとえば誰かの家のペット、たとえばまわりの人間たち、親戚の集まり、園の同級生、街ゆく人々。ぼくは彼らとはまったく異質の「何か」だという確信があった。かわりにぼくが親しみを持って眺めていたのは自動車、酒屋のビールケース及び空き瓶、電柱や電線、レゴブロックのピース、街灯に照らされる自分の影、マンホールの蓋などだった。
「死の恐怖」がそこにあったのか、そこにはたぶんなかったはずだ。それよりもこうして今そのころの感覚を言語化するならばそれは「命というもののわからなさ」だろう。畏怖というのとはちょっとちがう。自分の内部にはない、端的に自身の外部にあるものとして不思議に眺めるような、そんな感覚だ。
先ほど「死の恐怖」と書いた。
ぼくは(これもまた幼少期だが)夢の中で自分が少しずつ損なわれ、消えていく姿を見たことがある。机に向かい絵か字をかいているぼく。背後で両親が談笑している。そこに巨きな蛾のようなものが降りてきてぼくの頭にとまった。ぼくはそれを俯瞰の位置で見ている。と、見ている先のぼくが蛾に喰われてゆく。両親は談笑を続けている。見ている先のぼくは上半身から少しずつ確実に身体の半分、それ以上が損なわれていく、なおも蛾は、、。
その夢を境にしてかどうかはわからないが、ぼくは一度死んだ人間なのだ、とどこかで思っていたものだ。これはぼくにとって「すでに自身に起きたこと」であり、また「いつでも起こり得ること」として身体が覚えている。時間軸の前後はわからないが、先に言った幼少期との「自覚」とこのことは強い結びつきがあるんじゃないか、と今でも思っている。
「生命」や「生き物としての生と死」の何が重要かと言えば、その後まわりの人間と意味内容を重ねて語られることになる「きれい」だとか「美しい」さらには「尊い」などという人間に備わっているとされる概念そのものについての理解、その足がかりになる感覚だからだ。
そんなぼくが実感を伴って「いいな」と思えていたものたちは、先述した自動車や電柱や電線、その他のものだった。その造形美や質感に「生命らしさ」を感じていたんじゃないかと思う。
小学校中学年にもなれば、その思いは自転車やプラモデル、ミニ四駆やタミヤRCへとスライドする。こうして振り返ると、一般に「造形美」と言われるもの、その質感に何か「生命」のようなものを幻視することでぼくは「人間らしさ」を保っていたのかもしれない。ものの姿、実感、佇まいこそを「生命」として認知できていた、とでも言えばいいのか。
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喪失や傷、またそれを癒すことについて綴りたかったのだけれど、それを語るにはまずはここからだ、と思っているうちに題名で問うたところにまでは辿り着かないままに1200字が過ぎた。
いったんはここまでにして、続きはまた後ほどしたためようと思う。
それでは今日はこのへんで。
②へ続く↓
