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ジョニー・デップを補助的に使う

なんでぼくは同期間にグレイテスト・ショーマンにビューティフル・マインドにセイ・エニシングといういかした映画を見てるのに異常者だらけのショコラの感想ばっか話していてるんだろう?

ショコラの特異点は昨日話したアルマンドもそうだけど、デップオブジョニーもそんな感じか。つまり気が狂った因習村に因習女が迷い込んで来、どっちも気が狂ってんじゃねえか!!と読者は思わされたところで一見またクソめんどくさそうな老婆と思われたアルマンドと、ヒッピー崩れのクソ危ない野郎だったデップオブジョニーがクソまともにみえるということだ。

最初は親子がまともに見えっから、アルマンドがいじわる賃貸おばばに見えるんだよね。こーれはお監督がうまいよね。徹底したストレンジャーであり、異教密教みてえな自分たちを差し置いてもっと異教徒みてえな振る舞いばっかしてる親のほうをずっと怪しげに見てるくせ、親子のお陰で永遠に断絶していた娘のキャリー・アン・モスが産んだ孫の少年と再会して仲良くなって海原雄山みてえなつんでれになった。

そしたらアルマンドは重い糖尿病を患っていて、老人ホームに行くことも拒絶していて、まともに歩けねえどころか命が風前の灯っぽいこともわかってしまう……この村の因習なんかクソ以下だと思ってたのは自分の命の前にはすべてのことがどうでもよかった。そんなクソな人生だと思ってたら最後に孫と仲良く話せた上に、自分の絵まで書いてくれた。こんないい人生があるだろうか?親子に家を貸して良かった。もうこの世に未練はない(とまで思ってたかどうかはわからないが)。

この通り、アルマンドだけは非常に真っ当な人生を送っている。あんなに意地悪ババアだと思わせておいて凄まじい演技力だ。ぼくらにそう思わせたんだから。

次にジョニー・デップだ。なんかジョニー・デップがでてくるからショコラを見たんだけど、ジョニー・デップが好きなんじゃなくてジョニー・デップが出てる映画ってことはいいものにしなきゃ気が済まんだろうという前提があるから。

そしたらこの通りジョニー・デップもアルマンドと同じく、後から出てきていかにも危ねえやつかと思ったらクソまともな人間だった。この村がおかしいんだよ

で、きぐるい村長が川に流れ着いたジョニー・デップ筆頭ヒッピー連中を村のインフラに入れさせないようにしたきぐるい行為をしはじめ、どんどんジョニー・デップ連中のまともさが可視化されて、きぐるい村長に洗脳のモデルケースにさせられたジョセフィーヌのクソバカ夫がヒッピーの船を片っ端から燃やし尽くす。もはやここまでくるとどっちが正義か、理はどっちにあるかなんて自明すぎてマジヤバ

こう考えるとジョニー・デップはこのクソ村をまともにするための引き金であり、超脇役だったのだといえる。かつてこんなまともなジョニー・デップを見たことがあっただろうか?そしてそれは逆に言えばジョニー・デップの良さをぶっ壊しているとも考えられるのだろうか?

だって、今さあジョニー・デップの役割について書くぞ!と思ったらマジでこんだけしか思いつかなかったんだから。デップハードでも見ようかな

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中村風景 このサイト内ではいかなる場合でも返信行為をしていません。

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