【シャンパンコール】第3話「ウタカタの夢」
今、ユキぴの隣をキープしているのはわたしではない。
わたしのこの場所に残っていた甘い余韻など、すべて吹き飛ばしてしまうかのように……
彼女の大きな声がわたしを萎縮させた……。
ユキぴの髪に触れながら笑っている女が、チラチラとわたしの方を見てはニヤリと笑みを浮かべて挑発してくる。
その手には高級シャンパン。
薄紅色に揺れるそれは、
どんなものよりも輝いて見えた……。
(……負けた)
今日に限ってあの子が来るなんて……
わたし、本当に運が悪い……

どれだけ背伸びしても、
どれだけ無理をして大金を積んでも、
報われない……。
そんなのわかってる。
でも……今日くらい。
わたしにユキぴの1番、譲ってくれてもいいじゃない……。
(だめだ……現実に戻らなきゃ……)
これ以上ここにいるのは惨めすぎる。
わたしは黒服を呼び、会計を済ませて席を立つと、ユキぴが慌ててわたしの所に戻って来てくれた……。
「ユキぴ……ごめん……
わたし、帰るね。今日はありがとう……」
絞り出した声は、自分でも驚くほど冷たく感じた。
「あ、リコ待って!下まで送るから……」
ユキぴが慌ててジャケットを羽織り、わたしの後を追う。
エレベーターの扉が閉まった瞬間、店内の喧騒が嘘のように消え去った……。
密閉された空間に、ユキぴの甘い香水の匂いが漂い、わたしたちの間には気まずい空気が流れた……

(……どうしよう。ドキドキが止まらない……
これ以上ドキドキしたくないのに……。
期待、させないでよ……)
わたしが、ぎゅっと目を閉じると、ユキぴは遠慮がちにわたしの手を繋いだ……。
「リコ、今日はほんとごめん!!
記念日なのにリコのためにラストソング歌えなくて……」
……
「んーん。
しょうがないよ……
わたしがもっと頑張れてたら良かったんだけど……
それができなかったってことは、
完全にわたしの負けだから……」
うまく言葉を紡ぐことができないわたしは、途切れながらも、なんとか口を開いた
——
「リコ……ほんと、ごめん……」
ユキぴがわたしに謝るたびに、悔しさが余計にこみ上げ、視界がじわりと滲む。
「ユキぴが謝ることないよ……
わたしこそ、
ユキぴの期待に応えられなくてごめんね?」
わたしは肩を落とすと、こぼれ落ちそうな涙をギュッと堪えた。
……
「はぁ……。ほんとリコ優しすぎ……
もっと怒ってもいいんだよ?」
……

ユキぴがそっとわたしの頬に触れた……
その体温が、今は痛いほど温かい。
だから、わたしはあえて強がりを口にする……
「くそ!あの女、空気読めよ!!」
とか……?
「あはは!
……まあ、それはそう……。」
少しだけ顔を上げると、ユキぴが困ったように、でも愛おしそうにわたしを見つめていた。
「でも……
リコの気持ちはちゃんと受け取ったからさ……
ありがとう。また一緒に頑張ろう?」
(また一緒に……か……)
わたしの中で、甘い言葉と一緒に何かがじわりと溢れだした……
でも、わたしはその気持ちに蓋をして、ユキぴに笑顔を作って見せた。
「ん……がんばる」
"チーン"という無機質な音とともに、1階に到着すると、扉が鈍い音を響かせながら開く……。
冷たい夜風を感じて、現実に引き戻されそうになったその時。
ユキぴがわたしの腕を掴んで、歩みを止めた。
「……あのさ、今日……お店終わるの待てる?」
「え?」
「アフター行こ?」
彼の口から予想外の提案が飛び出す……
聞き間違いだろうか?
わたしは、ふと我に返ると、その都合の良すぎるその言葉をはねつけるように、彼にこう告げた
「……今日はさすがにだめだよ。あの子にバレたら困るのはユキぴだよ?……わたしのことは大丈夫だから……」
無理に作った笑顔で彼の手を振り払おうとしたけれど、その指先にはさらに力が込められる。

「やだ。行く……今日じゃないとダメだから……。」
「ユキぴ……でも……」
わたしは何度もユキぴを押しのけようとしたけれど、それをユキぴが許さない……。
「俺……このままじゃ、リコのこと帰せないよ。」
ユキぴの瞳が真っ直ぐにわたしを捉える……。
「待ち合わせ、
インペリアルホテルのバーでいい?
……店終わったらすぐに行くから……お願い。
待ってて……」
ユキぴに引き寄せられるように唇が重なった……
まるで、夢でも見ているかのような……
そんな時間だった……。
「……」
わたしは、ユキぴをまっすぐに見上げると、彼の顔を見つめる。
彼が……いつもの何倍も甘く見えてしまうから……
わたしはそれに誘われるように頷いた……
ユキぴの唇が、わたしの頬にフワッと触れると、彼は甘い香りを残し、「また後でね」と囁く。
その甘い声に縛られてしまったわたしは、
彼が捕まえてくれたタクシーへ、ふらふらと乗り込んでしまったのだった。
ふわふわとした頭ではもう何も考えられなくなっていた……
(だから……こういう所が、本当にずるいんだよ。ユキぴは……)
行き先を告げられたタクシーは、ネオン街を抜け、夜の街の奥深くへと進んでいく……
一方通行かもしれない……
それでも、わたしにはもう、引き返そうなどいうい選択肢は残されていなかった。

