気づきの種#15_『移り行くヒエラルキー』 ~他者との比較よりも自分の中の価値観~
人生を楽しく生きるための『気づきの種』を“短い物語”にしてみました。
「投資」「習慣」「幸福」「考え方」などが中心ですので楽しんでもらえましたら何よりです!
『移り行くヒエラルキー』 ~他者との比較よりも自分の中の価値観~
小学生の福助(ふくすけ)は、運動神経抜群のガキ大将だった。
ドッジボールでは百発百中、リレーでは常にアンカー。
クラスのヒエラルキーの頂点で、皆が彼を中心に回っていた。
中学生になると、福助は一転、勉強に没頭した。
持ち前の集中力で成績は急上昇。
今度は学力という新たな指標で、彼は上位に君臨した。
運動が得意なグループとは疎遠になったが、福助には新しい仲間たちができた。
高校生になると、福助は少しばかりおしゃれにも気を遣うようになった。
元来の明るい性格も手伝い、いつの間にか彼は友人たちの中心人物になっていた。
容姿端麗でなくても、彼の周りには常に笑顔が溢れていた。
運動や勉強ができる一部の生徒だけが頂点に立つ世界ではなくなっていた。
そして社会人。
福助は中小企業に就職したが、持ち前の粘り強さとコミュニケーション能力を発揮し、着実にキャリアを積み重ねていった。
若いながらもプロジェクトリーダーを任されるようになり、経済力も安定してきた。
かつての同級生たちが、肩書や年収で互いを測り合うような会話をする中、福助は充実した日々を送っていた。
ある日、小学校の同窓会が開かれた。
久しぶりに再会したかつてのクラスメートたちは、それぞれ異なる人生を歩んでいた。
運動が得意だった男子は、今は普通のサラリーマン。
勉強一筋だった女子は、研究職に就いているが、どこか疲弊した様子だった。
皆が近況を語る中、福助はふと思った。
小学生の頃、運動ができることが世界の全てだと思っていた。
中学生の頃は勉強、高校や大学生の頃は友達の多さ。
そして社会人になった今は、お金や地位が重要視される。
人生のステージが変わるたびに、価値観や評価軸が変わり、それに伴って周囲の人間関係も自然と変化してきた。
会も終盤に差し掛かった頃、かつてのガキ大将仲間が福助に話しかけてきた。
「お前、昔からいつも楽しそうだったな。今も変わらないな。」
福助は笑って答えた。
「そりゃあ、ずっと『その時その時』で、自分が面白いと思えること、大切だと思うことをやってきたからな」
その言葉を聞いた別の友人が、少し考えて言った。
「もしかして、小さい頃からその時々の価値観を重視してきただけってこと?」
福助は静かに頷いた。
「結局のところ、どのステージでも、自分がどうありたいか、何を大切にしたいか、それを見失わずに生きていれば、自然と周りの人も環境も変わっていくんじゃないかな。ヒエラルキーの頂点を目指すんじゃなくて、自分が本当に価値を置く場所で、自分らしく輝くことが大切なんじゃないかな。」
自分の価値感を信じて自分らしく生きる。
シンプルだけど、これが一番大切なのかもしれない。
【あとがき】

↓単なる私の感想などなど…↓
私は今が一番幸せだと思っています。
学生時代は、ヒエラルキー的視点でいうと、中の上くらいで何となく楽しくやっていたとは思いますが、今とは違い、ヒエラルキーを意識しながら生きている状態だったかと思います。
なんとなく自分で点数を付け、なんとなく位置関係を確認し、何となく楽しんでいた学生時代だったと思います。
私自身、現時点が充実している要因は様々ありますが、一番の理由は他者との比較をしなくなったことだと思います。
他者との比較をしない決めておくと、『どっちが上とか、どっちが下とか』考えなくなります。
比較するとすれば、昨日の自分だけかもしれません。
世の中には、『善い人/悪い人』『気の合う人/気の合わない人』『お金のある人/お金のない人』『優しい人/優しくない人』など自分目線で見ると上にも下にも振り分けられる人がいっぱいるので比べだしたら切りがありません。
人間は自分より下の人がいると、安心するように出来ているようですが、自分自身に比べる価値をおくと、それすら何とも思わなくなります。
人にどう思われるか(特に他人に良く思われたい)を気にしなくなったおかげで、無駄な人間関係が減り、時間的負債も減りました。
大手グループ企業にいた頃には味わえなかった充実感です。
良いか悪いかは分かりませんが、家族や親しい友人と過ごす充実した時間が、今の私にとっては掛け替えのない時間になっています。
ゼロよりイチ!
今日の一歩が幸福を複利で増やす原動力です!
みんなで幸せになりましょう!
ではまたっ!!
#01-#20(全20話)
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