【世のため人のため】iPad Pro 11インチの2TBモデルを買う。本気の動画編集端末として。【自分のため】
※本記事はワタシが執筆および検証を行い、最終的な誤字脱字の確認・校正にのみAIを活用しています。
どうも、はむおっちです。
ワタシは今、iPad Pro 11インチの2TBモデルを買おうか迷っている。
いや、迷っているという表現は少し違うかもしれない。
すでに心は購入ボタンのかなり近くまで来ている。
あとは指先が数センチ動けば、すべてが終わる。
正確には、すべてが始まる。
そして同時に、口座残高の一部が静かに失われる。
用途は動画編集だ。
これからYouTube活動へ本気で戻るための、制作専用端末として導入したいと考えている。
もちろん、冷静なワタシは言っている。
「本当に2TBも必要なのか」
「今ある端末でできるのではないか」
「そもそも動画を投稿サボってるくせに」
全部正しい。
正論すぎて耳が痛い。
だが、ガジェットを買うときに正論だけを採用していたら、ワタシは金銭的に今よりずっと豊かだったはずである。
それでも、良い道具には人を行動させる力がある。
今のワタシには、単なる高性能端末ではなく、もう一度YouTubeへ向かうための覚悟を形にしたガジェットが必要なのだ。(と言い聞かせている)
YouTube活動が止まってしまった
ワタシは、クリエイターとしてはまだ端くれ中の端くれである。
このnoteでは毎日投稿を続けられている。
書くことは、すでにワタシの日常の一部になった。
一方で、YouTube活動は難航している。
難航というより、ほぼ停泊である。
ワタシが運営しているのは、ガジェット系ではなく読書をテーマにしたチャンネルだ。
日頃から読書を続け、その中で学んだことや考えたことを動画にして、誰かの役に立つ形で届けたいと思って始めた。
ワタシは、世のため人のためになる活動がしたい。
少し大げさに聞こえるかもしれないが、本気でそう思っている。
ワタシが読んだ一冊の本から得た気づきが、誰かの仕事や生活を少しだけ前へ進める。
そんな動画を作ることができたなら、読書を続けてきた意味も、発信を続ける意味も生まれると思うのだ。
しかし、動画を作れば作るほど、「良い動画とは何なのか」がわからなくなっていった。
自分なりに構成を考えて制作した。
ほかのクリエイターへ依頼し、制作を手伝ってもらったこともあった。
視聴者から寄せられる意見にも向き合った。
もちろん、意見をもらえること自体はありがたい。
だが、それらを一つずつ真面目に考察していくうちに、何を直し、何を残し、どこへ向かえばいいのかが見えなくなってしまった。
サムネイルを変えるべきか。
話し方を変えるべきか。
編集を変えるべきか。
考えれば考えるほど、動画を一本作る前に脳内会議が始まる。
しかも参加者は全員ワタシなのに、誰も意見をまとめてくれない。
その結果、YouTubeの更新は途絶えた。
「良い動画」の正体を考え続けた
より良い動画とは何なのか。
わかりやすいことだろうか。
テンポが良いことだろうか。
ワタシが作りたい動画とはなんなのか。
数字や技術だけを追いかけても、ワタシ自身が納得できなければ続かないのだ。
ここ半年ほどYouTubeを休止しながら、ずっと考えてきた。
休止というと戦略的に聞こえるが、実態はかなり長めの立ち止まりである。
そして最近、ようやく一つの答えにたどり着いた。
ワタシが大切にしたいのは、「人間らしさ」である。
今はAIを使えば、台本も画像も音声も動画も作れる。
簡単にそれらしい映像へ仕上げることもできるようになった。
便利な時代だと思う。
当たり前だが、AIの力を否定するつもりはない。
ただ、YouTubeやSNSを眺めていると、ときどき誰が何のために作ったのかわからない、妙に味気のないコンテンツに出会う。
情報は整っている。
間違ってもいない。
声も滑らかで、映像もきれいだ。
それなのに、見終わったあとに何も残らない。
おそらく、そこには迷いも、引っかかりも、失敗も、余計な感情もないからだ。
だが、人間は本来、余白や無駄の多い存在であるはずだ。
本を読んで感動したはずなのに、翌日には内容を半分忘れる。
立派な教訓を得た直後に、深夜までスマホを見る。
節約本を読んだ日にiPad Proを欲しがる。
この矛盾こそ人間らしさなのだ。
ワタシは、そこを捨てたくない。
扱う本は有名な人気作品かもしれない。
すでに多くの人が要約し、感想を語っている本かもしれない。
それでも、ワタシが実際に読み、引っかかり、考え、生活の中でどう受け止めたのかは、ワタシにしか話せない。
完璧に整理された情報ではなく、人間であるワタシが読んで感じたことを、そのまま届けたい。
それが、今のワタシにとっての良い動画なのだ。
人間らしさを届ける道具としてのiPad
そこで、iPadである。
ここで急にiPadが登場するため、「結局それが欲しいだけではないか」と思った人もいるだろう。
安心してほしい。
ワタシもそう思っている。
しかし、ワタシにとってiPadは単なるタブレットではない。
読む、書く、調べる、考える、編集する。
活動の入口から出口までを、一枚の板の中でつなげてくれる道具だ。
読書中に気になった箇所へハイライトをつける。
Apple Pencilで考えを書き出す。
構成を組み、台本を作り、素材を並べ、一本の動画へ仕上げていく。
これらを同じ端末の中で行えることには、大きな意味がある。
作業を始めるたびに端末を変え、ファイルを移動し、環境を整え直す必要がない。
読書から生まれた熱が冷めないうちに、そのまま制作へ入れる。
ワタシが求めているのは、感じたことを、感じたまま形にできる環境だ。
その意味で、iPadはワタシの活動と相性がいい。
動画編集端末でありながら、思考する場所でもある。
ここが、Macとは少し違うiPadの魅力なのだ。
もちろん、Macで動画編集をサポートすることも考えている。
だが、今のワタシにはiPadが制作の中心となりそうなのだ。
2TBは明らかに余剰だが
本気で動画編集をするなら、ストレージは大きいほうがいい。
だからワタシは、2TBモデルを考えている。
問題は、本当に2TBが必要かどうかである。
冷静に考えれば、必要ない可能性は高い。
クラウドストレージもある。
外付けSSDもある。
費用だけを見れば、容量を抑えて周辺機器で補うほうが圧倒的に合理的だ。
でも、ワタシはデバイスの中で完結する感覚が好きなのだ。
素材を読み込み、編集し、書き出し、過去のデータもそのまま残しておく。ネット環境や接続機器を気にせず、iPadを開けば作業を再開できる。
この「考えなくていい状態」をつくりたい。
迷いを減らし、制作へ向かうまでの摩擦を消したいのだ。
買う理由と、買わない理由
ここで一度、買う理由と買わない理由を冷静に整理してみたい。
買う理由は明確だ。
動画編集へ本気で戻りたい。
作業を完結させたい。
そして、何よりiPad Proが欲しい。(物欲)
最後の理由だけ妙に正直だが、かなり重要である。
一方で、買わない理由。
高い。
今ある端末でも、おそらく動画は作れる。
つまり、必要だから買うというより、買ったあとに必要な存在へ育てあげようとしている。
これはなかなか危険な考え方だ。
高級なランニングシューズを買えば毎朝走るはずだと思い込み、三日後には玄関のオブジェになっている。
世の中には、そんな話が無数にある。
iPad Proも同じ運命をたどる可能性がなくはない。
しかし、だから使い切る覚悟まで含めて買うのだ。
もう買うしかない
散々迷った。
もちろん、iPad Proを買っただけで動画は完成しない。
最後に作るのは、ワタシだ。
ワタシはガジェットが好きである。
そして、そのガジェットを使って、誰かの役に立つものを作りたい。
ワタシが読書から受け取ったものを、自分の言葉と声と映像で届けたい。
その橋渡しになるのが、iPadなのだと思う。
iPad Pro 11インチ、2TBモデル。
明らかに飛躍している。
だが、半年立ち止まったワタシには、これくらい大きな勢いが必要なのかもしれない。
ワタシは今、覚悟としてiPad Proを投入しようとしている。
おそらく、購入ボタンを押す直前まで迷う。
押した直後にも少し後悔する。
そして、届いた瞬間には全部忘れる。
ガジェット好きとは、そういう生き物なのである。
またYoutubeも更新したいと思っています。
もしよかったら、動画も見てください。
毎日6:00と17:00の2回更新しています。 また読んでいただけたら嬉しいです。 いつも高評価、フォローありがとうございます。
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