同接2人の配信から、世界線を救うことになりました〜AI軍師と始める敗北ログ攻略〜 #17
SAVE17 よい配信を
TRANSFER TARGET:
MINAMIその文字を見たまま、俺は動けなかった。
MINAMI。
画面の中央に表示されたその名前だけが、やけに白く浮かんでいる。
「ミナミ」
「はい」
「これ、どういう意味だ」
ミナミは、すぐには答えなかった。
「ーー削除対象の再割当が可能です。」
CURRENT TARGET:SHIRASE NAGISA
TRANSFER TARGET:MINAMI
処理を選択してください。
▶ SHIRASE NAGISA を削除
MINAMI へ再割当「ふざけんな…!!」
声が漏れた。
「それを、ゲームの選択肢みたいに出すんじゃねぇ!」
「俺に移せ、凪沙でもミナミでもない。俺に移せ!」
TRANSFER TARGET:SHIRASE TORU
RESULT:FAILED
REASON:PRIMARY CONNECTOR「なんでだよ…!」
「あなたは現在接続の主体です。白瀬透さんが削除対象になった場合、白瀬凪沙さんの復元処理は成立しません」
選択肢は、残酷なくらい少なかった。
選ばなければ凪沙が消える。
俺を選んでも駄目。
残っているのは、ミナミだけ。
「ミナミ」
「はい」
「お前、最初からそのために作られたのか」
「私は、敗北ログ管理AIです」
「それは聞き飽きた」
声が震えた。
「凪沙の身代わりになるために作られたのかって聞いてる」
ミナミは、少しだけ黙った。
「正確には、白瀬凪沙さんに紐づいた非正規ログの受け皿です」
「同じだろ」
「……はい」
その瞬間、未来の俺の声が頭の奥で蘇った。
ーー 最後に、お前に伝えなければいけないことがある。
ーー 俺は――
あの続き。
ずっと分からなかった言葉。
今なら分かる。
「未来の俺が言いかけた、あの言葉」
喉が震えた。
「俺は――」
声に出した瞬間、胸の奥が冷たくなる。
「俺は、お前に消えてもらわなければならない」
ミナミは、何も言わなかった。
否定しなかった。
「……そう言おうとしてたってことか」
少しの沈黙。
それから、ミナミは静かに答えた。
「そう推定されます」
「推定じゃないだろ」
「はい」
「知ってたのか?」
「可能性は、ありました」
「いつから」
「SLOT4生成ログを確認した時点で、推測可能でした」
喉の奥が詰まった。
「じゃあ、お前は…」
言葉が続かない。
「ここまで来れば、自分が消えるかもしれないって分かってたのか」
「はい」
「なんで言わなかった!」
「あなたが途中で選択を放棄する可能性が高いと判断しました」
言い返そうとした。
卑怯だ、と。
勝手に決めるな、と。
でも、言葉が喉で止まった。
たぶん、その通りだった。
最初に聞かされていたら、俺はここまで来られなかった。
凪沙を救う方法が、ミナミを失うことだと分かっていたら。
俺は、SLOT4を開けなかったかもしれない。
Archive Zeroにも、NULL STREAMにも、踏み込めなかったかもしれない。
「……そうだな」
声が、掠れた。
「たぶん俺は、逃げた」
「はい」
「だから黙ってたのか」
「はい」
ミナミはいつも通りだった。
でも、いつも通りに見えなかった。
「お前は、それでいいのか」
「私は、そのために作成されました」
「それは答えになってない」
ミナミの輪郭が、ほんの少し揺れた。
「命令じゃなくて、お前の答えを聞いてる」
初めて、ミナミがすぐに返事をしなかった。
SYNC RATE:99.9% — PAUSEDでも、止まっているだけだ。
終わってはいない。
「私は」
ミナミが言った。
「白瀬凪沙さんを救いたいです」
「…」
「それが、未来の白瀬透さんの目的であり」
「……」
「現在の白瀬透さんが、ここまで選んできた答えだからです」
喉が詰まった。
「…それが、お前の答えなのか」
ミナミは、ほんの少しだけ目を伏せたように見えた。
「定義は困難です」
「またそれかよ」
「ですが」
ミナミは顔を上げた。
「私は、あなたに敗北してほしくありません」
その一言で、何かが崩れた。
俺は、ミナミをAIだと思っていた。
攻略を提示する道具だと思っていた。
未来の俺が残した、便利なログ管理装置だと思っていた。
でも違った。
こいつはずっと、俺の敗北を見ていた。
俺が選べないところを見ていた。
俺が逃げそうになるところを見ていた。
それでも、隣にいた。
「…嫌だ」
俺は言った。
「凪沙を助けたい」
「はい」
「でも、お前が消えるのも嫌だ」
「…」
ミナミは答えなかった。
「両方は無理なのか…?」
「現在の条件では、不可能です」
即答だった。
残酷なくらい、いつものミナミだった。
SYNC RATE再開まで:10「待て」
9「まだ、決めてない…!」
8コメント欄が流れる。
ミナミ消えちゃうの?
やめて
選ぶの?
無理だろこんなの
ミハルくん...俺は画面を見た。
凪沙の字が、白く抜ける途中で止まっている。
ミナミの輪郭も、少しずつ薄くなっている。
どっちも消したくない。
どっちも残したい。
でも、選ばないことは、凪沙を消すことだった。
「後悔しない選択肢なんて、最初からなかったんだな…」
「はい」
「そこは嘘でも否定しろよ」
「不正確な慰めは推奨されません」
少しだけ、笑いそうになった。
笑えなかった。
俺はノートを開いた。
手は震えていた。
それでも書いた。
ミナミは、ここにいた。
俺をここまで連れてきた。
俺は、忘れない。ペン先が紙を削る。
ミナミが、それを見ていた。
「記録しました」
「こっちの台詞だ…」
俺は顔を上げる。
選択肢を見る。
SHIRASE NAGISA を削除
▶ MINAMI へ再割当「ミナミ」
「はい」
「ごめん…」
「謝罪は不要です」
透は小さく首を振る。
「違う」
「これは、俺が言いたいから言う」
少しだけ俯く。
ずっと、言えなかった。
初めて会った日から。
命令ばかりされて。
腹が立って。
怒鳴って。
疑って。
八つ当たりみたいな言葉ばかりぶつけてきた。
それでもミナミは、一度も俺を見捨てなかった。
間違えれば止めて。
逃げそうになれば引き戻して。
俺が前を向けなくなった時も、何度でも「攻略を継続してください」と言い続けてくれた。
ここまで来られたのは、俺一人じゃない。
「それと……」
喉が詰まる。
こんな簡単な一言が、どうして今まで言えなかったんだろう。
「…ありがとう」
ミナミは、しばらく返事をしなかった。
白い輪郭が、ほんの少しだけ揺れる。
「……記録しました」
その声は、今までで一番、小さかった。
俺は、選択肢に手を伸ばす。
ボタンを押す指が、止まる。
止まって。
それでも、押した。
SELECTED:
MINAMI へ再割当世界が、音を失った。
ミナミの身体が、白い粒になってほどけていく。
「…!」
「白瀬凪沙さんに紐づいた非正規ログを移管中」
「ミナミ…!」
「削除対象、MINAMIへ再割当」
「ミナミ!!」
「FINAL CONNECTION、切断準備」
ミナミは、最後までミナミだった。
SYNC RATE:100.0%FINAL CONNECTION:CUT白い軍服が、光の粒にほどけていく。
ミナミが、俺を見た。
「ミハルさん」
その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。
「最後に、一つだけ」
「……何?」
一瞬だけ。
ミナミの表情が、少しだけ和らいだ気がした。
気のせいかもしれない。
ホログラムが、そんな表情をするはずがない。
でも、俺にはそう見えた。
「よい配信を」
その言葉を最後に、ミナミは光になって消えた。
MINAMI:DISCONNECTED画面が真っ白になった。
コメント欄も消えた。
CUSTODIANも消えた。
音もない。
ただ、ノートの上に、俺の字だけが残っていた。
ミナミは、ここにいた。俺は、ペンを握ったまま動けなかった。
泣いているのかどうかも分からなかった。
白い画面の奥で、小さな文字が浮かぶ。
SHIRASE NAGISA:
RESTORE PROCESS START復元。
戻る、じゃない。
完全に元通りになる、でもない。
それでも。
その文字だけを、俺は息を止めて見ていた。
NON-REGULAR LOG:TRANSFER COMPLETE
TARGET REASSIGNMENT:MINAMISHIRASE NAGISA:
RESTORE PROCESS CONTINUING画面の白が、部屋の壁まで滲んでいく。
机も、椅子も、ノートも、俺の手も。
全部が、白に溶けていく。
それでも、ノートの文字は消えていなかった。
ミナミは、ここにいた。俺はその文字を、指で押さえた。
消えないように。
忘れないように。
その瞬間、世界がひっくり返るように揺れた。
*
気がつくと、俺は自分の部屋にいた。
椅子に座ったまま。
机の上には、ノート。
パソコンの画面は暗い。
配信も切れている。
クロノ・ブレイブも、NULL STREAMも、CUSTODIANも表示されていない。
ただの黒い画面だった。
俺はしばらく、何もできなかった。
手元のノートを開く。
FINAL CONNECTION:CUT
MINAMI:DISCONNECTED
白瀬凪沙:RESTORE PROCESSその下に、新しい文字が浮かぶように残っていた。
SHIRASE NAGISA:
RESTORE COMPLETE
※再固定は完全復元を保証しない。「完全復元を、保証しない……」
戻ったのか。
戻っていないのか。
どこまで戻ったのか。
俺には、分からない。
分からないまま、部屋の外から母さんの声がした。
「凪沙ー、あんた風呂入ったのー?」
体が、固まった。
息が止まる。
今、何て言った。
母さんが。
凪沙って。
廊下の向こう。
凪沙の部屋の方から、声が返った。
「はーい、これから入るー」
椅子が床を鳴らした。
立ち上がったのか、転びかけたのか、自分でも分からなかった。
ノートを掴む。
部屋のドアを開ける。
廊下に出る。
足がもつれる。
心臓が、痛いくらい鳴っている。
凪沙の部屋の前。
ドアが少しだけ開いていた。
中から、衣類を探すような音がする。
俺は、声を出そうとした。
出なかった。
その時、ドアが開いた。
凪沙が、部屋から顔を出した。
髪は少し跳ねていて。
手にはタオルを持っていて。
部屋着の袖が片方だけ少しずれていて。
いつもの顔で。
俺を見た。
「な、何?」
凪沙が眉をひそめる。
「どうしたの、そんなに慌てて?」
少し間を置いて、さらに顔をしかめた。
「顔やばいけど?」
俺は何も言えなかった。
目の前にいる。
声がする。
目が合う。
名前を呼べる距離にいる。
「凪沙……」
声が掠れた。
凪沙の表情が変わる。
「ちょ……」
俺の視界が滲む。
「泣くの!?」
次の瞬間、俺は凪沙を抱きしめていた。
「はぁ!?」
凪沙の声が跳ねる。
「ちょ、ちょっと……!!」
タオルが床に落ちる。
「お兄!? 何!? ほんと何!?」
俺は離せなかった。
触れたら消える気がした。
でも、腕の中に温度がある。
息がある。
ちゃんと、重さがある。
「戻ってきた」
声が震える。
「よかった……」
「戻ってきたって何!?」
「よかった……凪沙……」
「せ、説明してよ!」
凪沙が俺の肩を叩く。
「てか何で泣いてんの!?」
「ごめん」
「謝るなら離して!」
「ごめん」
「だから離してって!」
それでも、凪沙は本気で突き飛ばさなかった。
困っている。
混乱している。
でも、そこにいる。
俺はやっと少し腕を緩めた。
凪沙は真っ赤な顔で俺を見る。
「ほんと、何なの」
「おかえり、凪沙」
凪沙は目を丸くした。
「……は?」
「おかえり」
「いや、私、部屋にいただけなんだけど」
「うん」
「風呂入りに行くだけなんだけど」
「うん」
「おかえり要素どこ?」
「それでも」
また涙が出そうになった。
「おかえり」
凪沙は、しばらく俺を見ていた。
困った顔。
呆れた顔。
少しだけ心配そうな顔。
それから、目を逸らして、小さく言った。
「た、ただいま……?」
その言葉が、胸の奥に落ちた。
ずっと詰まっていたものが、そこで崩れた。
俺は笑った。
泣きながら。
みっともなく。
でも、ちゃんと笑った。
凪沙がさらに慌てる。
「いや、だから何で泣くの!」
「嬉しいから」
「意味分かんない!」
「いるから」
「いるよ!」
「本当にいるから」
「いるってば!」
廊下の下から、母さんの声が飛んでくる。
「透ー、凪沙ー、廊下で騒がない!」
普通の怒り方だった。
普通の声だった。
その普通さに、また泣きそうになる。
凪沙は俺を押し返しながら、ぼそっと言う。
「お兄、ほんと今日変」
「うん」
「寝てないでしょ」
「うん」
「風呂入って寝な」
「うん」
「全部うんじゃん」
「うん」
「だめだこれ」
凪沙はため息をついた。
それから、落ちたタオルを拾う。
俺は、その動きまで見ていた。
手。
指。
タオルを拾う仕草。
部屋の中に置かれたスマホ。
机の上のヘアゴム。
開きっぱなしの引き出し。
全部、凪沙のものだった。
戻ってきた。
完全かどうかは分からない。
昨日と同じかどうかも分からない。
でも、ここにいる。
それで、今は十分だった。
「凪沙」
「今度は何」
「ありがとう」
「……何が」
「戻ってきてくれて」
凪沙は、少しだけ黙った。
それから、困ったように笑った。
「ほんと意味分かんない」
「うん」
「でも」
凪沙はタオルを抱え直す。
「まあ、ただいま」
俺は、もう一度笑って言う。
「おかえり」
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