同接2人の配信から、世界線を救うことになりました〜AI軍師と始める敗北ログ攻略〜 #16

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「ーーこんばんは、白瀬透さん。」

 俺は、ペン先を紙に置いたまま動けなかった。

 本名で呼ばれたからじゃない。

 もっと嫌だった…。

 この世に存在しない、関わってはいけない何かに。

 まるで昔から知り合いだったみたいに。

 当たり前のように話しかけられた。

 背中を、見えない何かがなぞっていくような感覚がした。

 何か言い返せ…。

 黙るな。

「……お前、挨拶できるんだな」

 絞り出した言葉は、自分でも情けないくらい弱かった。

 CUSTODIANは答えない。

 沈黙だけが返ってくる。

 違う。

 返事をしないんじゃない。

 相手にされていない。

 人間の反応なんて、処理対象のノイズでしかないみたいに。

 コメント欄が、一拍遅れて流れ始めた。

今の何?
こんばんはって言った?
怖すぎ
人間っぽいのやめろ
白瀬透?
ミハルくん本名?
名前出た?

 配信は、まだ続いている。

 俺は手元のノートを押さえた。

 紙の感触。

 まだある。

 まだ、奪われていない。

「ミナミ」

「はい」

「これが……CUSTODIANか」

「はい。CUSTODIAN PROCESSの中核応答です」

「ラスボスってことでいいのか…?」

「比喩としては近いです」

「比喩じゃなくて、殴れるやつかって聞いてる」

「物理的な戦闘対象ではありません」

「じゃあ、どうすればいい」

「対話が発生します」

 対話。

 倒せるHPがある方が、分かりやすかった。

 でも、画面の向こうにあるのは敵キャラじゃない。

 凪沙を、最初からいなかったことにしたもの。

 画面の奥。

 白い人影が静かに立っている。

 それなのに。

 今は、ずっと近く感じた。

 見られている。

 そう確信できる距離だった。

NULL STREAM:ACTIVE
SYNC RATE:52.8%

 数字が、じわりと上がっている。

「五十を超えた……」

「はい」

「百になったらどうなるかは、まだ分からないんだよな?」

「現時点では、想定できません。」

「でも、上がって喜ぶ数字じゃないことだけは分かる」

 画面が低く震えた。

「ーーあなたは、救おうとしているのではありません。」

 声が響く。

 耳から聞こえているのか。

 頭の中で鳴っているのか。

 もう区別がつかなかった。

「ーーあなたの行動は、削除すべき接点を増やしています。」

「…どういうことだ?」

 思わず声が漏れる。

「なんで凪沙が、消されなくちゃならないんだ!」

「ーー世界が拒絶しているからです」

「世界……?」

 その言葉で、ふと一つの記憶がよみがえった。

 GERO。

 配達員が笑いながら言っていた。

 ――困るんですよ。

 ――世界が。

 あの時は意味が分からなかった。

 でも今は、その言葉の意味が嫌なくらい分かる。

「ーー世界は、存在しないものを抱えたまま進めません。」

 コメント欄が流れる。

世界?
どういうこと?
ゲームの設定?
怖い

 白い人影が続ける。

「ーー白瀬凪沙という情報は、現在の世界線に存在していません。」

「存在していた…!」

「ーー存在履歴は削除済みです。」

「存在してたんだよ!」

 ノートを強く握る。

「俺が覚えてる!」

「ーー単独記憶は異常値です。」

「ノートにも残ってる!」

「ーー手書き記録媒体は回収対象です。」

「母さんは、誰かを心配してた。消えたはずなのに、まだ記憶のどこかに残ってるんだよ!」

「ーー不完全な残滓です。」

「それでも、残ってるだろ……!」

「ーー不完全な残滓についても、削除対象となります」

 ミナミが静かに口を開いた。

「現在、CUSTODIANは記録媒体の照合を開始しています」

「照合……?」

「はい。削除対象を特定しています」

 画面中央に文字が現れた。

SCAN TARGET:NOTE

 画面の中に手元のノートが映り込む。

 ページがめくられていく。

 俺は反射的に押さえつけた。

 もちろん止まらない。

 凪沙。

 母さん。

 牧野。

 俺が残した文字。

 全部画面上に映されていく。

白瀬凪沙。
俺の妹。
今朝のメモは、まだ残っている。
母さん。
誰かに声をかけなきゃいけなかった気がする。
牧野。
名前は思い出せない。
でも、忘れちゃいけない気がする。

 嫌な汗が流れた。

「……みんな」

 声が震える。

「お願いだから……読まないでくれ」

ノート?
妹?
白瀬凪沙?
誰?
牧野って誰?

 言ったあとで、自分でも分かった。

 無理だ。

 見えたら、読む。

 人間はそういうものだ。

 視聴者が悪いんじゃない。

 でも、今だけは。

 今だけは、見ないでほしかった。

 右上の数字が、また動いた。

SYNC RATE:59.0%

「また上がった……」

「はい」

「止められないのか…?」

「停止条件が分かりません」

 ミナミの声は落ち着いていた。

 でも、その声の奥に焦りが混じっている気がした。

 画面の中のノートが、あるページで止まった。

 そこには、凪沙の字があった。

 小さくて、少しだけ右に傾いた字。

 俺が何度も見た字。

 画面の文字が、ゆっくり鮮明になる。

お兄、勝手に切り抜いてごめんね。

 息が止まる。

 コメント欄が、一瞬だけ静かになった。

 それから、爆ぜるように流れた。

切り抜き?
誰の字?
妹?
謝ってる...?

 胸が締めつけられた。

 凪沙はいたんだ。

 ちゃんといた。

 俺の記憶の中だけじゃない。

 俺の言葉の中だけじゃない。

TARGET INFORMATION:SHIRASE NAGISA
STATUS:RESIDUAL
CLASS:SECONDARY LOGGER

「ーー白瀬凪沙に紐づく非正規ログを確認」

「非正規ログ……?」

「ーークロノ・ブレイブ戦記に関する配信外記録を確認」

「切り抜きのことか…?」

「ーー配信外媒体への複製を確認」

「それは…!」

「ーー意図は評価対象外です」

「凪沙は、俺を支えてくれていただけだ!」

「ーー記録が増加しました」

「だから何だよ!」

「ーー異常情報の複製は、修正範囲を拡大します」

「だから消すってのか!?」

「ーー整合性維持のため、結合対象を削除します」

「結合対象……?」

 俺は、その言葉を拾った。

 結合対象。

「ミナミ」

「はい」

「今、結合対象って言ったよな?」

「はい」

「凪沙本人じゃなくて、凪沙にくっついてる何かを消そうとしてるってことか?」

「可能性は高いですが、照合前の断定は危険です」

 CUSTODIANの文字が続く。

 画面中央に、新しい表示が浮かび上がる。

LINKED SOURCE:
CHRONO BRAVE WAR RECORD
FAILURE LOG FRAGMENT

「敗北ログ……」

 嫌な予感が、ゆっくり胸の中で膨らんでいった。

 見覚えのある言葉だった。

 俺が、ここまで何度も触れてきたもの。

 未来の俺が、どうしても整理できなかったもの。

 そしてたぶん、凪沙が消えた理由に一番近いもの。

「ミナミ」

「はい」

「これ、未来の俺が残したやつだよな?」

「はい」

「じゃあ……凪沙の切り抜きにも、それが混ざってるのか」

 ミナミは、すぐには答えなかった。

 その短い沈黙だけで、答えは分かった。

「可能性が高いです」

「……そうか」

 未来の凪沙は、クロノ・ブレイブ戦記に巻き込まれた。

 今の凪沙は、それだけじゃない。

 俺が送った敗北ログに触れてしまった。

 助けようとして残したものが。

 今の凪沙を、もう一度危険な場所に近づけている。

「くそっ……!!」

 誰に言ったのか、自分でも分からなかった。

 未来の俺か。

 このゲームか。

 世界か。

 画面が、歪んだ。

SCAN TARGET:CLIP

 黒いノイズの奥から、編集画面が浮かび上がる。

 タイムライン。

 細かく並んだカット。

 見覚えのある配信画面。

 画面の隅に、ファイル名が表示されていた。

miharu_clip_nagisa_003.mp4

 再生ヘッドが、ひとりでに動き出す。

 音はない。

 それでも、誰が編集したものなのかはすぐに分かった。

 画面の下に、小さなテロップが現れる。


ここ好き。

 次のカット。


少し元気そう。

 また次。


コメント来てから笑った。

 もう一つ。


ここは切らない。

 どれも短い。

 短いのに、痛いくらい伝わってくる。

 凪沙は、ちゃんと俺を見てくれていた。

 俺の声の変化を。

 黙った瞬間を。

 コメントが来た時の、少しだけ浮いた反応を。

 俺自身が気づかないようなところまで。

 コメント欄が、ゆっくり流れる。

誰が編集したの?
これ切り抜き?
妹?
凪沙って誰?
普通に見たい

 画面の端に、編集メモが映る。

今日もお疲れさま。

 胸の奥が詰まった。

 こんなの、俺は知らなかった。

 投稿される前の編集データだ。

 誰にも見せていない。

 凪沙だけが書いた言葉。

 それが今、晒されている。

 CUSTODIANの文字が重なった。

「ーー配信外媒体への複製を確認。」

 白い光が、編集画面をなぞる。


今日もお疲れさま。

 文字が薄くなる。


コメント来てから笑った。

 それも、端から白に溶けていく。


ここ好き。

 最後の一文字まで、消えかける。

「……やめろ」

「ーー削除すべき接点の増加を確認。」


「違う……!」

 ノートを握る手に力が入る。

「凪沙は、俺を残そうとしてくれただけだ…!」

 右上の数字が跳ねた。


SYNC RATE:66.0%

 CUSTODIANの胸の黒い穴が、わずかに広がる。

「ーー結合強度、上昇。」

 画面の中の文字が、ひとつずつ白く抜けていく。

お兄、勝手に切り抜いてごめんね。
少し元気そう。
ここは切らない。
今日もお疲れさま。

 その一行一行が、凪沙の声みたいだった。

 声ではない。

 でも、そこにいた。

「やめろ!」

 声が割れた。


SYNC RATE:73.0%

 白い人影が、ゆっくりと腕を下ろした。

 次に触れたのは、画面のさらに奥。

 黒く沈んだ、底の見えない領域だった。

 ミナミが小さく言う。

「CUSTODIANが敗北ログに接続します」

SCAN TARGET:DEFEAT LOG

 黒いノイズの中から、未来の配信画面が浮かび上がった。

 コメント欄は、今よりも速く流れている。

来た
第四章クリアいける?
門番ゼロ戦やばかった
演出すごい
今日で終わり?
同接すごい
ミハルくん伸びたな

 未来の俺が、画面の前で何度も名前を呼んでいる。

「凪沙!!」

 コメント欄が流れる。

誰?
妹?
そういう設定?
新キャラ?
ホラー演出?

 未来の俺の声が震えていた。

「設定じゃない…俺の妹だ!!」

 コメント欄は、さらに速くなる。

ミハルくん大丈夫?
演技うまい
ホラー演出?
妹キャラ出てたっけ?
急にどうした
怖い怖い

 未来の俺の声が、ノイズ混じりに重なる。

 ーー見てくれる人が増えれば、残せると思っていた。

 ーーコメントが増えれば、アーカイブが残れば、切り抜きが拡散されれば、消えないと思っていた。

 画面が白くちらつく。

 ーー間違ってはいなかった。

 ーーでも、足りなかった。

 未来の俺は見せれば残ると思って。

 叫べば届くと思って。

 コメント欄に晒して。

 数字を増やして。

 そして、負けた。

「ーー観測拡大による固定化処理、失敗」

CUSTODIANは淡々と告げる。

「ーー観測者への二次接触、確認」

「やめろ…」

「ーー削除範囲、拡大」

「やめろって…!」

SYNC RATE:82.0%

 現在のコメント欄が、未来のコメント欄に混ざり始めた。

今の過去ログ?
未来?
妹って誰?
設定じゃないの?
黒画像こわ
ミハルくん大丈夫?
切り抜きから来ました
切り抜きなんてない
いや見たことある
まだ間に合う
もう間に合わない

 さらに、別のコメントが混ざる。

 昔のコメント。

 未来のコメント。

 現在のコメント。

 どれがいつのものか、もう分からない。

お兄、早口
ホラー演出?
妹さん?
そういう設定?
切り抜きから来ました
誰?
演技うまい
残してはいけない
見てる
妹キャラ出てたっけ?
白瀬凪沙
白瀬凪沙って誰?
妹だよ
妹なんていない
いる

 凪沙が、晒されていく。

 ノートも。

 切り抜きも。

 未来の敗北ログも。

 俺の叫びも。

 コメント欄に。

 CUSTODIANに。

 世界に。

「やめろ……」

 でも、画面は止まらない。

 CUSTODIANの手が、敗北ログの中心へ沈んでいく。

 白い光が、ログを焼いていく。

 凪沙の名前が、また薄くなる。

 ノートの文字も。

 切り抜きのテロップも。

 未来の俺の声も。

 全部が、白く抜けていく。

「…やめてくれ」

 声が小さくなった。

 それでも、画面は止まらない。

 白い人影は、淡々と処理を続けている。

 怒っているわけじゃない。

 憎んでいるわけでもない。

 だからこそ、どうしようもなく怖かった。

 誰かを傷つけている自覚すらないものが、凪沙を消そうとしている。

「…やめてくれ!」

SYNC RATE:86.0%

「ミハルさん」

 ミナミの声が、ノイズの奥から聞こえた。

「凪沙さんが、どういう人だったのか、配信を見ている皆さんに説明してください」

「……は?」

 唐突な問いかけに、思考が一瞬止まった。

「説明しろって……」

 俺は右上の数字を見る。
 
 「そんなことしたら、また同期率が上がるだろ!」

「はい」

「はいって……」

 思わず声が荒くなる。

「凪沙が完全に消えるかもしれないんだぞ!?」

「はい」

 ミナミは、それでも目を逸らさなかった。

「だからこそです」

「だからこそ…?」

「現在CUSTODIANは、削除処理を実行する直前です。」

 ミナミの声が、少しだけ低くなる。

「削除対象が確定する直前であれば、対象の接続点を変更できる可能性があります」

「接続点……?」

「凪沙さんの情報が、どこに結びついているかです」

「それを、変えるってことか」

「はい」

「確証は?」

「ありません」

 即答だった。

「ありませんが、これに賭けるしかありません」

 俺は何も言えなかった。

 凪沙のことを話せば、同期率は上がる。

 でも話さなければ、削除される。

 沈黙は、ただ負けるだけだ。

「……分かった」

 俺はマイクに向き直った。

「やるしかないってことか」

「はい」

 ゆっくりと息を吸う。

「みんな、聞いてくれ…!」


 自分の声が、妙に遠く聞こえた。

 コメント欄の流れが、ほんの少しだけ遅くなる。

聞いてる
何?
大丈夫?
ミハルくん?

「白瀬凪沙は、俺の妹だ…!」

 声に出した瞬間、画面が大きく揺れた。

SYNC RATE:91.0%

 数字が跳ねる。

 分かっていた。

 分かっていても、心臓が嫌な音を立てた。

「凪沙は俺の配信を、たぶん誰より見てた!」

 コメント欄に、また文字が流れる。

妹?
本当に?
凪沙って誰?
聞いてる

「俺がコメント一件来ただけで嬉しそうにするのも」

 言葉が詰まりかける。

「数字を見て黙るのも」

 手元のノートが、かすかに震えた。

「声が枯れてるのに、何もなかったみたいに喋るのも、全部見てた!」

 胸の奥が痛い。

「俺は、見られてることに気づいてなかった!」

 言葉にすると、どうしようもなく情けなかった。

「でも、あいつは見てくれてたんだ!」

 CUSTODIANの動きが、一瞬だけ止まったように見えた。

 白い光が、凪沙の名前の上で揺れている。

 止まった。

 いや、止まったわけじゃない。

 処理が、迷っているように見えただけだ。

CUSTODIAN:
観測情報、再照合。

 ミナミの声が重なる。

「続けてください」

「分かってる!」

 俺はまた大きく息を吸った。

「凪沙は、うるさいやつだった…!」

 コメント欄が少しざわつく。

うるさい?
妹っぽい
どんな子?

「俺の部屋に勝手に入ってきて、洗濯物片手に早くたためと言ってくる…!」

 凪沙のうんざりした顔がぼんやりと浮かぶ。

「配信してるときは、声が小さいとか、早口とか、数字見すぎとか。俺が見ないふりしてるところばっかり見つける。でも、馬鹿にしてたわけじゃない!!」

 喉が熱い。

「あいつは、俺が楽しそうにしてるところを、残そうとしてくれてた!!」

SYNC RATE:95.3%

 数字が上がる。

 CUSTODIANの胸の黒い穴が、ゆっくり広がった。

CUSTODIAN:
対象情報、結合。

「ミナミ!」

「はい」

「本当に大丈夫なのか!?」

「大丈夫とは言えません」

 即答だった。

 でも、ミナミは続けた。

「ですが、接続点の変更には、凪沙さんの情報が十分に浮上している必要があります」

「浮上……」

「はい。削除対象として確定する直前でなければ、移管できません」

 確定する直前。

 その言葉が、やけに重かった。

「つまり、今は」

「最終段階です」

 画面右上の数字が、また揺れる。

SYNC RATE:98.4%

 コメント欄の文字が、にじみ始めた。

凪沙
妹
いたの?
いた
いない
聞いてる
消さないで

 CUSTODIANの声が響く。

CUSTODIAN:
削除対象を確定します。

 体が固まった。

「ミナミ!」

「まだです」

 ミナミの声が鋭くなる。

「まだ、100%ではありません」

 右上の数字が、じわりと増える。

SYNC RATE:99.2%

「ミハルさん」

「何だよ」

「最後に、凪沙さんがあなたにとって何だったのかを言ってください」

「そんなの……」

 声が詰まった。

 分かっている。

 言葉にしなきゃいけない。

 でも、言葉にした瞬間、もう戻れなくなる気がした。

 コメント欄が流れる。

聞いてる
言って
誰なの?
妹なんでしょ

 俺は、マイクに向き直った。

「凪沙は!!」

 画面が白く揺れる。

「俺の妹で!!」

 ノートの文字が浮かぶ。

お兄、勝手に切り抜いてごめんね。

「俺が、一人で配信してると思ってた時間に!!」

 編集メモが浮かぶ。

ここ好き。

「ずっと隣にいたやつだぁああああああああああ!!!!!!!!!!」

 右上の数字が跳ねる。

SYNC RATE:99.9%

 コメント欄も。

 ノイズも。

 何もかもが、一瞬だけ止まった。

 ただ、数字だけが残っている。

SYNC RATE:99.9%

 あと、たった一つ。

 たった一つ進めば、何かが終わる。

 何が終わるのかは、まだ分からない。

 ただ、この先に行かせてはいけないことだけは分かる。

 画面中央に、文字が浮かぶ。

CUSTODIAN:
削除処理を停止します。


「停止……?」

 声が、うまく出なかった。

「ミナミ、一体何が起きてる」

 少し遅れて、ミナミの声が聞こえた。

 いつもより遠い。

 でも、確かに聞こえた。

「処理が、分岐しました」

「分岐?」

「CUSTODIANが、新しい転送対象を検索しています」

「転送対象って……」

 白い画面に、黒い文字が浮かぶ。

TRANSFER TARGET:SEARCHING

 コメント欄が、ゆっくり戻ってくる。

 …でも、文字の流れが変だった。

 全部が、同じ方向を向いているみたいだった。

ミナミ?
ミナミを見てる
接続先が変わる
だめだ
まだ100じゃない
まだ確定してない
何が確定?
言うな
次で分かる
白瀬透、止めて

 俺は手を伸ばした。

 触れられるわけがない。

 分かっている。

 それでも、画面に手を伸ばしてしまった。

「ミナミ、答えろ!!」

「はい」

「…これ、どういうことだ!」

「現時点で凪沙さんの残存情報を保持するには、これが最も成功率の高い選択です」

 黒い画面の中央で、文字が切り替わる。

TRANSFER TARGET:FOUND

 そして、さらに文字が切り替わる。

 CUSTODIANではない。

 凪沙でもない。

 何度も導いてくれて。

 何度も助けてくれて。

 何度も隣にいた存在。

 それは、決定通知みたいに見えた。

 交渉でもない。

 警告でもない。

 ただの結果。

 もう、そこに決まったという表示。

 ただ、黒い画面の奥で、最終接続の文字だけが残っていた。





TRANSFER TARGET:
MINAMI





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