同接2人の配信から、世界線を救うことになりました〜AI軍師と始める敗北ログ攻略〜 #15
SAVE15 Archive Zero
画面が暗くなる。
右上の数字だけが、白く残っていた。
SYNC RATE:21.0%コメント欄の流れが、少し遅くなる。
第二層?
まだ続くの?
今日ほんとに最後まで行くやつ?
画面暗い
音こわ俺はコントローラーを握ったまま、画面を見ていた。
暗い。
ただ黒いだけじゃない。
奥行きがある。
画面の向こう側に、もう一つ部屋が沈んでいるみたいだった。
「第二層って、何がある」
「敗北ログの深部です」
ミナミの声は、いつも通りだった。
でも、その輪郭は少しだけ薄く見えた。
「未来の白瀬透さんが、通常の攻略ログとして整理できなかった領域です」
「整理できなかった?」
「不明情報が増えるということです」
「つまり、お前にも分からないことが増える」
「はい」
もう何度も聞いた返事だった。
でも、今回は少し違って聞こえた。
ミナミにも分からない。
未来の俺にも分からなかった。
それでも、進むしかない。
「ここから先は、危険です」
「さっきも聞いた」
「再提示します」
「親切だな」
「はい」
冗談のつもりだった。
でも、笑えなかった。
黒い画面に白い文字が浮かんだ。
ARCHIVE ZERO
SLOT4 SECOND LAYER「Archive Zero……」
俺は小さく読んだ。
画面の奥で、さっきSLOT4の中で見た部屋が映った。
ノートのない机。
画面にひびの入ったスマホ。
印刷されたログ。
壁に貼られた紙のいくつかは、すでに白紙になっている。
その中で、未来の俺が椅子に座っていた。
顔は見えない。
背中だけ。
でも、今度は音声が少しはっきりしていた。
「ここまで来た俺がいるなら、聞いてくれ」
未来の俺の声は、疲れていた。
乾いていて、今にも途切れそうで。
それでも、最後の力で言葉を絞り出しているみたいだった。
「ここは、Archive Zeroだ」
画面の奥で、ノイズが走る。
「通常セーブにも、配信アーカイブにも、世界の履歴にも残らない。消し損ねたものだけが沈む場所」
未来の俺は、机の上に散らばったログを見ている。
「SLOT4は、その入口として俺が作った」
その言葉に合わせるように、画面の隅に文字が浮かぶ。
SAVE 4:MIHARU
PLAY TIME:999:59
CHAPTER:NULL STREAM「そして、今お前が近づいているのは、NULL STREAM」
黒い画面の中に、配信画面が一つ浮かぶ。
その中に、さらに配信画面。
さらに奥にも、配信画面。
合わせ鏡みたいに、俺の配信が奥へ奥へ続いていく。
「敗北ログと、今の配信が重なる場所」
未来の俺の声が続く。
「観測者のコメントも、手元の記録も、削除処理も、全部そこに流れ込む」
画面の奥で、ノイズが走った。
「ここから先は、ゲームじゃない」
未来の俺の声が、少しだけ低くなる。
「配信そのものが、向こうへ繋がる」
その言葉を最後に、未来の俺の姿がノイズに沈んだ。
画面の中央に、昼に俺が打った予告文が表示される。
本日18:00より配信します。
検索しても出ないRPG『クロノ・ブレイブ戦記』の続きを進めます。
今日は、行けるところまで行きます。
怖くても逃げずに、最後まで配信します。最後の一行だけ、赤く光っていた。
怖くても逃げずに、最後まで配信します。「これ、ゲーム側が俺の予告を読んでる」
「配信情報がArchive Zero内に取り込まれています」
「想定内か」
「想定内です」
「想定内であってほしくなかったな」
「同感です」
「同感って言った?」
「状況に対する評価です」
「便利な言い訳だな」
「はい」
同じ返し。
いつものミナミ。
そのはずなのに、返事のあとに残る間だけが、いつもより長く感じた。
白い輪郭が、画面の暗さに少し溶けている。
この先も同じ声で返事が返ってくる保証なんて、どこにもない。
そう思った瞬間、コントローラーを握る指に力が入った。
*
画面の奥で、未来の俺の部屋がまた映った。
モニターには、いくつものファイル名が並んでいる。
receipt_blank_300yen.txt
bbs_missing_154_157.log
archive_noise_08.wav
miharu_clip_nagisa_003.mp4
custodian_trace.dat未来の俺の声が重なる。
「機械は、忘れ損ねる」
画面に、黒く潰れた画像が並ぶ。
名前のないレシート。
欠番の掲示板ログ。
壊れた動画ファイル。
miharu_clip_nagisa_003.mp4「でも、人間も、たまに忘れ損ねる」
未来の俺の声が、そこで少しだけ途切れた。
ノイズが走る。
映像の端が白く欠ける。
次に映ったのは、ノートだった。
俺のノート。
ただし、ページの中身までは映らない。
黒い画面の上に、白い輪郭だけが浮かんでいる。
HANDWRITTEN RECORD:UNKNOWN「手書き記録……」
俺はその文字を見た。
「これ、ノートのことか」
「可能性があります」
「結果、不明?」
「はい。敗北ログ上に、手書き記録の継続使用は確認されていません」
「未来の俺は、使ってなかった」
「はい」
俺は手元のノートを見た。
凪沙の字。
俺が書き足した記録。
未来の俺になかったもの。
そのはずなのに、画面の隅に新しい文字が浮かんだ。
HANDWRITTEN RECORD:DETECTED「……今、検出された?」
「はい」
「俺のノートか」
「はい。媒体の存在が検出されています」
「中身は」
「現時点では、照合されていません」
「現時点では…か」
「はい」
俺はノートを抱えるように引き寄せた。
凪沙の字がある。
でも、まだ画面には出ていない。
俺はノートに書いた。
Archive Zero内で手元記録を検出。
HANDWRITTEN RECORD:UNKNOWN → DETECTED
現時点では媒体の存在のみ。
接続深度上昇で内容照合の可能性。書いている途中で、未来の俺の声が続いた。
「それを集めろ」
画面の中の未来の俺は、机の上に散らばったログを見ている。
「名前じゃなくてもいい」
「証拠じゃなくてもいい」
「違和感を集めろ」
「ひとりで抱えるな」
その言葉が、胸の奥に落ちた。
ひとりで抱えるな。
未来の俺が、俺に言っている。
たぶん、自分に言いたかった言葉でもある。
未来の俺は、ひとりで抱えた。
ノートもなく。
ミナミもいない。
凪沙の痕跡を、自分の中と機械の中だけに集めた。
だから、削られた。
だから、負けた。
俺はペンを握り直す。
ページの端に、強く書いた。
ひとりで抱えない。*
画面の奥で、音がした。
ノック。
一回。
未来の俺の部屋のドアが、静かに揺れる。
コメント欄が止まりかける。
今ノックした?
誰?
怖...未来の俺は振り返らない。
ただ、モニターを見る。
画面に赤い文字。
CUSTODIAN APPROACHING
RESIDUAL LOGS DETECTED未来の俺の部屋で、もう一度ノックの音がした。
今度は少し強い。
画面のドアの向こうに、白い影が立っている。
作業着の男ではない。
形がない。
でも、人の形をしている。
顔のない誰か。
回収者より、もっと奥にいるもの。
ミナミが低く言う。
「CUSTODIAN PROCESSの干渉濃度が上昇しています」
画面の向こうから、声がした。
残してはいけないものを、確認しました背中の真ん中を、冷たい指でなぞられたみたいだった。
画面右上の数字が上がる。
SYNC RATE:38.9%さっきまで二十一パーセントだった。
もう三十八。
数字が上がるたびに、部屋の空気が少しずつ薄くなっていく気がした。
「ミナミ」
「はい」
「書くほど見つかる」
「その通りです」
「でも、書かなきゃ消える」
「それも、事実です」
「詰んでないか、これ」
ミナミはすぐには答えなかった。
その沈黙だけで、だいたい分かった。
「……未確定です」
「今の間、ほぼ詰みって言ってたぞ」
「否定材料が不足しています」
「もっと嫌だわ」
喉の奥が乾く。
ペットボトルに手を伸ばしかけて、やめた。
ノートから手を離すのが、なぜか嫌だった。
*
画面の奥で、またノイズが走った。
未来の俺の部屋が歪む。
壁に貼られていたログが一枚、白く抜ける。
机の上のファイル名も、いくつか読めなくなっていた。
receipt_blank_300yen.txt
bbs_missing_154_157.log
archive_noise_08.wav
miharu_clip_■■■■_003.mp4
custodian_trace.dat凪沙に繋がる名前が、削られている。
でも、完全には消えていない。
俺はノートを開く。
新しい行に書く。
白瀬凪沙。その瞬間、画面が小さく揺れた。
RESIDUAL LOGS DETECTED右上の数字が跳ねる。
SYNC RATE:44.6%「……上がるの、早くないか」
「はい」
「俺が今ノートに書いたからか?」
「ノート記録、Archive Zero内ログ、残存情報検出が連動しています」
「悪いことか?」
「判断が困難ですが、有効ではあります」
「でも危険…」
「はい」
有効で、危険。
書けば残る。
書けば見つかる。
まるで配信そのものみたいだと思った。
見てもらいたくて配信する。
でも、見られすぎると怖くなる。
コメントが来ると嬉しい。
でも、コメントに振り回される。
数字が増えると嬉しい。
でも、数字を見すぎると壊れる。
凪沙は、それを知っていた。
ーーお兄、早口。
ーーコメント、全部拾わなくていいから。
ーー数字、見すぎないで。
ーーのど、やばそうだったから。
ひとつずつ思い出すたびに、胸の奥が痛くなる。
あいつは、ずっと俺を見ていた。
俺が見ていなかったところまで、見ていた。
俺はノートにもう一度書く。
凪沙は、俺を見ていた。ミナミの声が低くなる。
「ミハルさん」
「何?」
「五十パーセントを超えると、回収者の現実干渉が発生する可能性があります」
指先が止まった。
「現実干渉…?」
「はい。ゲーム画面外への接近です」
ゲーム画面外。
つまり、ここ。
「ここに来る……ってことか」
言いながら、視線がモニターから外れた。
閉めたはずの部屋のドア。
画面の中の話だったものが、急にこの部屋の形を持ち始める。
コメント欄はまだ流れている。
ミハルくん大丈夫?
顔色やばくない?
無理すんな画面の中で、未来の俺の部屋のドアが少しずつ開く。
隙間から、白い光が漏れている。
俺は、初めて本気で配信を切ろうと思った。
「切る」
声が出た。
自分でも驚くくらい、はっきり出た。
ミナミが言う。
「接続終了を推奨します」
「分かってる」
俺はカーソルを動かす。
画面に選択肢が出ていた。
接続を終了しますか?
▶ 終了する
継続する終了する。
今なら、まだ間に合う。
同期率は五十に届いていない。
回収者は、まだ画面の向こう側にいる。
ノートも、俺の手元にある。
いったん切って、整理して、明日また――。
そこまで考えた瞬間だった。
画面が裂けた。
黒い画面の中央から、茶色い封筒が押し出される。
紙の封筒。
配信画面の中なのに、妙に現実的だった。
封筒は机の上に落ちるように表示される。
白いラベル。
赤い印。
回収通知俺は息を止めた。
封筒が開く。
中から、一枚の紙が表示された。
回収通知
対象:
手書き記録媒体 一点
理由:
残存情報の過剰保持
回収予定:
配信終了後
残してはいけないものは、残さないでください。部屋の音が消えた。
コメント欄だけが、遅れてざわつく。
え
ノート?
配信終了後?
やばいやつじゃん
終わったら取られるってこと?俺は手元のノートを見た。
凪沙の字。
俺の字。
母さんの言葉。
牧野の違和感。
ミナミの記録。
全部、ここにある。
この配信を終わらせたら、それを回収する。
そう書いてある。
俺は喉の奥から声を出した。
「この配信を終わらせたら、ノートを回収するってことか」
「通知内容から、その可能性が高いです」
「じゃあ、終われないだろ」
ミナミは何も言わなかった。
俺はノートを抱えるように引き寄せる。
紙の端が、手のひらに当たる。
現実の感触。
まだここにある。
まだ取られていない。
「ミハルさん」
「何」
「怖いですか」
ミナミの質問は、あまりにもまっすぐだった。
俺は画面を見た。
終了する。
継続する。
選択肢が揺れている。
画面の奥では、白い影がドアの向こうに立っている。
コメント欄が止まらない。
ノートの文字が、少し滲んで見える。
手が震えていた。
「怖い」
声が、思ったより小さかった。
「怖いよ」
喉が詰まる。
「怖いに決まってるだろ」
コントローラーを握る指が痛い。
でも、離せない。
「画面の外に来るかもしれないんだぞ…?」
「ノート取られるかもしれないんだぞ…?」
「凪沙の字、消えるかもしれないんだぞ…?」
言葉にしたら、余計に怖くなった。
怖い。
もう本当に怖い。
ただのゲームじゃない。
ホラー演出でもない。
配信映えとか、コメントとか、数字とか、そんな話じゃない。
でも。
俺はノートを見る。
消えるより先に書く。自分で書いた文字。
その文字に、凪沙の声が重なった気がした。
ーー怖いなら、怖いって言いながらやれば。
いつ言われたのか、はっきり思い出せない。
配信前だったのか。
ただの雑談だったのか。
でも、凪沙なら言いそうだった。
怖いのを隠そうとして、変に強がる俺を見て。
鼻で笑って、そう言いそうだった。
昼に投稿した予告文を見る。
怖くても逃げずに、最後まで配信します。あれは、誰に向けた言葉だったのか。
視聴者か。
回収者か。
凪沙か。
ミナミか。
たぶん、俺自身だ。
「怖いけど」
息を吸う。
手の震えは止まらない。
止まらないまま、俺はカーソルを下へ動かした。
終了する
▶ 継続するコメント欄が跳ねる。
え
続けるの?
無理すんな
でも見てる俺はマイクに向かって言った。
「怖くても逃げずに、最後まで配信します…」
声が少し震えた。
でも、言えた。
「そう、自分で決めたから」
コメント欄に、文字が流れる。
怖いって言いながら続けるの初期から変わってなくて草
でも今日の怖いはガチっぽい
無理すんな
見てるぞ
最後まで見る
ミハルくん、ちゃんと水飲め最後のコメントに、少しだけ息が漏れた。
凪沙なら、たぶん同じことを言う。
のど、やばそうだから。
俺はペットボトルを取って、一口飲んだ。
水はぬるかった。
でも、喉を通った。
そうだ。
俺は最初から、怖い怖い言いながら配信していた。
暗い森でも。
変なNPCでも。
コメントが一人増えただけでも。
怖いと言って、騒いで、それでも画面を閉じなかった。
あの時は、ただのゲームだった。
今は違う。
怖いの意味が、変わってしまった。
でも、やることは同じだ。
怖いと言う。
それでも、続ける。
「ミナミ」
「はい」
「継続する」
ミナミは、ほんの少しだけ遅れて答えた。
「……確認しました」
決定ボタンを押す。
画面の文字が切り替わる。
CONNECTION CONTINUED右上の数字が上がる。
SYNC RATE:47.8%画面の奥で、未来の俺の部屋のドアが、さらに開く。
SYNC RATE:49.2%コメント欄の文字が、壁のように流れる。
見てる
見届ける
怖くても逃げずに
ノート守れ俺はノートを開いた。
ペン先を紙に置く。
震える手で、書く。
配信終了後、ノート回収通知。
終了できない。
継続を選択。
怖い。
それでも続ける。ミナミが小さく言った。
「ノート記録を確認」
「今回は許す」
「ありがとうございます」
画面中央に、黒い門のようなものが現れる。
門というより、コメント欄が固まってできた壁。
無数の文字が重なって、黒い塊になっている。
俺は息を吸った。
「来いよ」
声は、今度は震えなかった。
右上の数字が、最後に一つ上がる。
SYNC RATE:50.0%画面が白く弾けた。
コメント欄も、ゲーム画面も、未来の部屋も、全部が一度混ざる。
母さんの言葉。
牧野の言葉。
凪沙の字。
まだ画面には出ていないはずの、あの小さく傾いた文字。
俺の予告文。
怖くても逃げずに、最後まで配信します。コメント欄。
見てるぞ
最後まで見る全部が一つの巨大な画面に貼りついていく。
やがて、中央に文字が出た。
ARCHIVE ZERO
NULL STREAM:OPENミナミの声が、隣で聞こえる。
「NULL STREAMへの接続が開きました」
俺は返事をしなかった。
できなかった。
画面の中央に、巨大なコメント欄がある。
そこに流れるのは、ただのコメントじゃない。
人の記憶の端。
違和感の残り。
消え損ねた言葉。
初見です
AI軍師すごい
妹?
白瀬凪沙
お兄、早口
切り抜きから来ました
残してはいけない
誰かに声をかけなきゃいけなかった気がして
言っちゃダメなやつっぽかった
怖くても逃げずに、最後まで配信しますそして、画面中央の黒い壁が開き、白い人影が現れた。
作業着の男ではない。
門番ゼロでもない。
首から上の頭部は無く、体の輪郭だけが人間の形をしている。
胸のあたりに、黒い穴が開いている。
その穴の中で、文字列が回っている。
CORRECTION
DELETION
RESIDUAL LOG
OBSERVATIONミナミが言った。
「CUSTODIAN PROCESS、直接対話圏内に入りました」
コメント欄が一瞬だけ止まる。
画面中央に、文字が表示された。
CUSTODIAN次に、声がした。
スピーカーからではない。
ヘッドホンからでもない。
部屋そのものが、言葉を発しているみたいだった。
「ーーこんばんは、白瀬透さん」
