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1000文字掌編「知らない町の地図」

差出人のない茶封筒が届いたのは、よく晴れた火曜の夕方だった。中には見知らぬ町の古い紙地図と、一枚のメモ。

『七月二十四日、午後七時。山影神社で待つ。横田淳』

誰だ、と考えてから思い出した。

高校の同級生。二年の途中で病死し、クラス全員で葬式に行った。それ以外の記憶はほとんどない。話したことさえ曖昧だった。

ただ、葬式の帰り、父から「あの家とは二度と関わるな」と言われたことだけは覚えていた。あのとき父がどんな顔をしていたか、思い出せない。

十年前に死んだ人間から手紙が届くはずがない。悪戯だと思ったが、昔の友人とは一人も繋がっていない。誰が横田の名を使ったのか気になり、指定の日に有給を取った。

   *

地図には駅も役所もなく、神社、橋、廃校、プールだけが歪んだ線で結ばれていた。

町に着くころには日が落ちていた。風のない軒先で錆びた風鈴が鳴り、閉じた商店から古い油の臭いが漂っていた。路地には生温かい湿気が澱んでいる。

山影神社には、紺色のワンピースを着た女がいた。

「横田の妹です」

女は先月、亡くなった母親の遺品から、兄の日記と古い携帯電話を見つけたという。横田は病死ではなかった。机の落書き。捨てられた上履き。偽の恋文。体育倉庫への呼び出し。

話を聞くうち、教室の笑い声が蘇った。

「……そんなこと、今さら言われても」

「兄の日記には、あなたの名前が百十三回出てきます」

女の声が震えていた。

「兄は毎朝吐いていた。でも、いじめのことは家族に一言も話さなかった」
「じゃあ、あいつなりに納得してたんでしょ」
「兄は十七歳で死んだのよ」
「本人の問題でしょ。僕には関係ない」

女が息を吸う音がした。しばらく、風鈴の音だけが聞こえていた。

「……ひとつだけ聞きたかったんです。憶えていますか、って」

女の顔から、ゆっくりと表情が消えていった。

「憶えてもいないんですね」

彼女はスマートフォンをこちらへ向けた。画面には、泣いている横田、制服姿の僕、夜のプールが映っていた。

「今夜、あなたの勤務先と婚約者へ送ります」
「ふざけるな!」

喉の奥が熱くなった。来月の顔合わせ。仕立てたばかりのスーツ。式場のパンフレット。約束された地位。

「あんなの、ただの悪ふざけだろうが!」

僕はスマートフォンを奪い、地面へ叩きつけた。画面が乾いた音を立てて割れた。のけぞった女の鞄から、地図が落ちる。

紙の上で赤い丸が動いていた。

神社から橋へ。橋から川沿いの道へ。

「……何だよ、これ」
「知らない。こんな印、描いてない」

女の顔から血の気が引いた。

「まさか……さっきのお巡りさん?」
「警官に預けたのか」

女が口をつぐんだ。交番へ戻られる前なら、まだ間に合う。

僕は地図を奪い、走り出した。橋の下から藻と泥の臭いが上がり、冷たい風が汗ばんだ首を撫でた。赤い丸は、走る僕の先を滑っていった。

走るたび、記憶が戻った。

泣きながら橋を渡る横田。背中へ鞄を投げる僕たち。廃校の壁に書いた名前。知らない町のはずなのに、次の角に何があるか知っていた。

赤い丸は廃校で止まった。

門を抜けると、湿った土に混じって塩素の臭いがした。校舎裏のプールには黒い水が満ちていた。夜気は冷たいのに、水面から生温かい湿気が立ち上り、シャツが背中に貼りついた。

フェンスの向こうに、学生服姿の少年が立っていた。

「証拠はどこだ」

少年は答えず、プールを指さした。
地図から町の道が一本ずつ消えていく。神社が消えた。橋が消えた。廃校が消えた。最後に、プールだけが残った。水面の中央に、赤い丸が滲んでいる。

服のまま水へ落ちた横田。

這い上がろうとする指を、靴底で踏んだ感触。

――あはははは、少しくらい泳げよ。

自分の声だった。

「横田は病死したんだ」

少年が顔を上げた。その口元が、かすかに動いた。

――お前の親が、そういうことにしたんだろ。

葬式の帰り道の、父の横顔が浮かんだ。あの家とは二度と関わるな。
水面で何かが跳ね、生ぬるい飛沫が頬にかかった。

手の中の地図から赤い丸が消える。そして、僕の立つ場所を囲むように、ゆっくりと浮かび上がった。



1000字掌編30日チャレンジ、24日目。
AIに、30日分のタイトルを作ってもらいました。一時間以内に制作という自主条件で、挑戦中です。
今回は「知らない町の地図」というお題でしたので、当人だけが知らなかったことにしている話を書きました。

 1日目「鍵の行方」
 2日目「氷の入ったコップ」
 3日目「母の字」
 4日目「朝の電車」
 5日目「塩の量」
 6日目「隣の声」
 7日目「写真の整理」
 8日目「友人の幸福」
 9日目「傘の骨」
 10日目「時間の貸し借り」
 11日目「声の高さ」
 12日目「週末の約束」
 13日目「名前を呼ぶ練習」
 14日目「コーヒーカップの欠け」
 15日目「雨の夜の帰宅」
 16日目「窓の外の木」
 17日目「忘れた約束」
 18日目「口紅の蓋」
 19日目「二つの傘立て」
 20日目「返事の遅さ」
 21日目「砂糖の位置」
 22日目「走る練習」
 23日目「先に寝る」
⭕️24日目「知らない町の地図」
 25日目「誕生日の電話」
 26日目「夏と嘘」
 27日目「図書館の予約」
 28日目「夕方と影」
 29日目「手紙の封」
 30日目「ぬるいお茶」


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