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嫌いなあの人も、あなたの為に存在している

嫌いなあの人、胸がざわつく相手

顔も見たくない、思い出すだけで心が乱れる、
できれば一生関わりたくない──
そう思う人、誰にでもいるはずです。

でも、その人は、もしかしたらあなたの成長のために神様から送り込まれた刺客かもしれません。
役割を演じてくれていたのかもしれません。
それは、あなたを試すためかもしれないし、
あなたが学びと成長の為に現れたと思えば、見方も変わってきます。

私たちが出会う人は、偶然ではなく必然です。
人生の舞台で、みんな何らかの役を与えられて登場します。
主人公である、あなたを成長させるために──

みんな、「自分」のため「誰か」のために存在している

私は出会う人を例外なく「私のために存在する人」と本気で思っています。
それは、私の成長のために用意された人なのだと心の底から信じて疑わないです。

電車で隣あった人でも、レジ打ちの店員さんでも、私と関わった人は皆、「私」という物語の登場人物。

そう考えると、ムカつくあの人も、いじめてきたあの人も、裏切ったあの人も──
みんな、私のために“敵役”を演じカルマを背負ってくれた有難い存在です。
そう思うと、腹が立たなくなるどころか、
「私のためにカルマを背負ってくれてありがとう」という感謝すら湧いてきます。

「神劇」の役者たち

人は、「切り役」と「斬られ役」、両方を持ち合わせています。
私もまた、誰かにとっての「切り役」であり、「斬られ役」です。
切ったつもりが、相手から見ればバッサリ斬られていた──そんなことは日常茶飯事です。

だから、みんな誰かのために存在している。
大統領からホームレスの人まで、
誰もが自分の世界では主人公であり、
他人の物語では脇役や悪役になることもあります



人生は大きな舞台で、私たちは互いの物語を演じ合う役者です。

人生とは「神劇」です。
喜劇も悲劇も、成長のための脚本です。
そう思えば、どんな出会いも無駄ではありませ。
あなたにとって“敵”だった人は、
どんな役割を演じてくれていたのでしょうか?


最後までお読み頂きありがとうざいます😊

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