螺旋の記憶──Reincarnation:第3章【SFファンタジー】
第3章 ブロック宇宙
白い天井。
独特な消毒液の匂い。
ぼんやりと開いた目が、蛍光灯の光を捉えた。
「あ……れ? ここ……病院か……?」
冬馬は混乱しながら掠れた声で呟くと、ゆっくりと体を起こした。
点滴の管が腕に繋がれている。
辺りを見回すと、隣のベッドで、姫野夏美もちょうど身体を起こしたところだった。
二人は顔を見合わせ、どちらも言葉を失った。
先に口を開いたのは夏美だった。
「加納くん……私たち、どうしてここに……?」
「僕は……音楽室でチェロに触って……気づいたらここに……」
「あ、思い出した!
……加納くん、チェロ弾けるんだね」
「僕が……弾いてた……? 」
「うん。すごく上手に弾いてたよ。
誰が弾いてるのか見に行ったら、加納くんだった。
音楽の先生もびっくりしてた」
「じゃあ、夢じゃなかったんだ……。
……チェロに触ったの、今日が初めてなんだけど、弾けた……というか、手が勝手に動いた」
「えー! 何それ。マジで?」
と、その時、病室のドアがノックされ、入ってきたのは担任の岩見光樹先生だった。
化学が担当で、科学系の部活の顧問も務めている、物知りで少し変わり者の先生だ。
「二人とも、意識が戻ったか。よかった」
岩見先生は、いつもの穏やかな笑みを浮かべながら、二つのベッドの間に椅子を引き寄せて座った。
「君たち、同時に倒れたらしいね。
音楽の先生が大慌てで救急車を呼んで、担任の僕に連絡をくれたんだ。
医師の診断では身体的な異常は見当たらないそうだが……念の為、一晩入院して様子見だそうだ。
親御さんには僕から連絡を入れたよ。すぐに駆けつけてくれるだろう。
…………ところで……一体、何があった? 」
冬馬と夏美は再び顔を見合わせ、同時に首を傾げた。
「分からないか……そうか。
まあ、医師から聞いたひとつの可能性としては、集団ヒステリーのように意識が同調して引き起こされたのかも知れないとの事だ。
そこで聞くが……最近、強いストレスや不安を感じたことは?」
「いえ、特にはないです」
夏美が即答した。
「僕も特には」
冬馬も右へ倣えで答えるのを確認した岩見先生は、質問を変えた。
「意識が戻る前、怖い夢や妙な夢を見なかったか?」
「夢……ですか?」
冬馬の頭の中はまだ霧がかかったようにぼんやりしていた。
「さっき僕が君たちの様子を見に来た時、二人とも悪い夢でも見ているような顔をして眠ってたぞ」
夏美が遠い目をしながら小さく頷いた。
「そう言えば……広くて暗い空間みたいなところで……時間が、全部見えるような……そんな不思議な場所にいる夢を見てました」
それを聞いて、冬馬も思い出した。
「思い出した……過去も、今も、未来も、全部が同じ容れ物に詰め込まれてるみたいな……変な夢でした」

岩見先生の目が、わずかに細められた。
「ほう……それは興味深い。まさに『ブロック宇宙』だな。
しかも二人とも同じような夢を見ていたとは」
先生は上着の内ポケットからメモ帳を取り出し、ペンを走らせながら、授業の時のように話し始めた。
「時間というものは、僕たちが思っているような『川の流れ』ではないのかもしれない。
過去・現在・未来が、すべて一枚の巨大なブロックとして最初から存在している──
それが『ブロック宇宙論』、または永劫主義『Eternalism』と呼ばれる考え方だ。
アインシュタインの相対性理論とも親和性が高く、物理学の最先端でも議論されているんだよ。
つまり、その理論で言うと、僕たちが今こうして話しているこの瞬間も、既に『決まっていた』可能性がある。
君たちがこれから向かう未知の未来も、既にこのブロックの中に刻まれている……」
岩見先生はメモ帳を黒板代わりに、立方体のような図を描きながら続けた。
「君たちは、そのブロックの『断片』を垣間見たのかも知れないね。
はるか昔から、出会いと別れを繰り返しながら渡って来た命の旅路の断片を」
冬馬の胸が、冷たく締めつけられた。
(あれも……ブロックの中にあった)
音楽室で見た無数の時間軸。
毒が塗られた槍に倒れる自分。
病で逝く夏美。
戦火の中で命を失う自分──
夏美が青ざめた顔で、小さく呟いた。
「私が見た夢では……どういうわけか、私と加納くんは……同じ時間軸に、長く一緒には居られないみたいでした。
……めぐり逢っちゃいけない運命だったのかな」
その言葉が、冬馬の心に鋭く突き刺さった。
岩見先生は二人を交互に見つめ、珍しく真剣な表情になった。
「運命を信じるかどうかは、君たち次第だ。
だが、物理学的に言えば──もし本当にブロック宇宙が存在するなら、君たちが今ここにいることも、出会ったことも、既に『書き込まれていた』ことになる……」
先生はここで、次の言葉を探すみたいに、少しだけ沈黙した。
そして再び、二人を交互に見た。
優しい眼差しだった。
「君たちはこの瞬間にも選択をしながら、『今』を共有して生きている。
もし運命というものがあって、同時に長く存在出来ないと決まっていたとしても、選択によって、また新たな未来が書き込まれるかも知れない。
それが……小さな抵抗とでも言うのかな?
言葉が適切かどうかは分からないが……未来を変えられる可能性は充分にあると、先生は思うぞ」
病室に静かな沈黙が落ちた。
冬馬は自分の左肩甲骨に手を当てた。
痣のあたりがチクチクして、微かに熱を持っている気がした。
「抵抗……か」
夏美はベッドの上で膝を抱え、小さく微笑んだ。
彼女との出会いは、偶然ではなかった。
既に書き込まれていた。そして、これから訪れる未来も。
でも──
冬馬は静かに、しかし確信を持って思った。
(僕は、彼女を守りたい。そう思って選択していけば、きっと変えられる)
岩見先生の説明を聞いている間に、冬馬は鮮明に思い出していた。
プールで痣に触られた時に見た光景。
病室のような場所で、夏美が車椅子に座り、寂しそうに微笑む姿──
あれが既に決まっていた未来だったとしても、夏美は車椅子を必要とする容態にはならなかった。
(回避できたんだ)
冬馬はそう思い、小さく息を吐いた。
そっと夏美の様子を窺うと、微笑む彼女と目が合い、慌てて視線を逸らした。
気まずい。けれども何だか温かい。
淡い予感──
この時の冬馬はまだ気づいていなかった。
螺旋が静かに、しかし容赦なく回り続けていた事に──
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