介護日記37 ~もう治療はしない~
「介護日記36」に引き続き、またまた今は亡き、私の両親について、書いて行きますね。
「介護日記37」はじめまあす😊
この日記は過去の記録で、両親はすでに他界しています👼
約3年前。2023年12月に投稿したアメブロより抜粋しています。
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9月頃🍁、
施設(特別養護老人ホーム)に入所している父が
コロナに感染した事から微熱と軽い肺炎を起こし、
隔離と療養の為に、施設指定の病院🏥に入院しました。
(いったいどこから感染?💦)
その後2ヶ月ほどして退院したものの、
1週間してまた肺炎で再入院💦
で、1ヶ月ほど経て肺の状態が落ちついたとの事で、ドクター🏥と、
今後の治療について話をしました。
🔴父の「体」のペースがあるのかも
今回再入院したのは、
酸素濃度が70%以下になって、これは危ないって事で。
(コロナの時に有名になった、パルスオキシメータの数値。
96%以上が正常らしいです。
私なんか100%とかなっちゃいます😅)
自宅にいるときも酸素濃度は計ってたけど、酸素60%台の時があって‼️
びっくりしたものの本人けろっとしていたりして、
はっきり言って在宅時はなかなか大雑把なケアもあったかと思う😅
それでも、きっとそれが父のペースだと言う事、
通いのヘルパーさんたちは分かっていたんだと思う。
施設では、週に一度主治医の診察があり、マメに体調を診ているので、
酸素不足となると、即入院となります。
🔴入院して寿命が縮まる…
そして入院…
入院している時は、誤嚥を防ぐために美味しくないゼリー状の食事。
しかたないけど💧
それもあってか、食欲がなく「食べないなら点滴」となる。
それが病院のやり方。
病院にいると、父はずっと寝かせられたきり。
生気もだんだん無くなっていく。
私思うに、それはきっと、かえって寿命を短くしてしまう…。
入院中のベッドでクタっと眠っている父の顔みて
「おとうさん、もういいよ…」
と、思わずつぶやいてしまいました…
🔴入院中に試したこと
入院中に、施設の方がちょっと様子を見に来られ、
もう点滴しながらグッタリしてる父を観て
もしかしたら…✨
ということで、ベッドの頭部分を少しだけジャッキアップするよう、
病院スタッフの方へお願いしていました。
実家にまだいる時にそうして頭を高くしたら、
肺炎(水が溜まっている)の状況が落ちついた話をしていたので…
そうすると、やはり少し息遣いが安定して来たのですよね。
食事も一般食に近いものを食べられました😭😭
父の笑顔を見ることができて、
嬉しかったなあ🥰
🔴もう無理はしない
もしかしてもしかして
また元気復活するのでは?と
一縷の望みで、
退院して施設で過ごさせたいと希望しました…。
昨年、やはり「もう無理か」と言う事があり、
今回同様入院から施設にもどり、
不思議に元気を取り戻したものでしたが、
ドクター曰く
「今回は、もう前のようには戻れませんよ」と…。
父は介護5認知症。
酸素マスクを嫌がってしまうので、入院中はやむなく抑制(手をベッドに縛る事)をする事もありました。
でも、今後は
父が嫌がる事は一切しない。
点滴も注射💉も極力しない。
投薬も最小限にして欲しいとお願いしました。
父自身は低酸素でも、さほど苦しい訳じゃなく、
なぜ嫌な治療をされるのかわかりません。
点滴だって、すでに針が入る血管が見つからない状態。
点滴の際に看護師さんが血管探して何回も針をささなきゃならない😣
血管はボロボロ…💧
かつては、多少でも父に生き続ける力があるのならば、
どうにかしてその生命力を使い切って天国に行くのが
本人の為になるはずと思っていたけど
もしかしたら、それは私の勝
手な自己満足だったのかも。
もう治療の必要はないので
ドクターとお話したあと、すぐに退院。
入所している特別養護老人ホームに帰りました。
施設に帰ると、スタッフさん総出で食事やおやつなど、
暮らしが快適になるよう細かく気を配って下さるので、ありがたかったなあ😌
もう94歳だもん。
頑張りは終わり‼️
嫌な治療はやめて、
もう最期まで静かに暮らして欲しいと、心から想います☺️
以上、「介護日記37」でした。
この頃、入院中の父は「いかにも終末」な感じに見えていました。
頭を少し高くするだけで、食事が出来るようになったのを見て、
病院の看護師さんが驚いていたのを覚えています。
あまり一般的ではないんでしょうね。
「少しでも口から食べられる」ことは、高齢者にとって治療より大事なことなのかもしれないですね。
父は最期の日まで、好きなものを食べていました。
病院が悪いような書き方になってしまいましたが、
そんなことはありません。
病院の役割り
施設の役割り
が、あるってことですね。
