【ケーススタディ第1弾・前編】「優しい職場」という名の、静かな毒。若手離職編。
◆ 第1章|静かなる絶望の朝
午前8時52分。
那覇市内に本社を置く中堅商社、営業第二課のオフィスに、比嘉賢二(45歳)は誰よりも早く出社した。
蛍光灯の白い光の下、彼はまずメールを確認し、部下たちの昨日の業務ログを開き、今日の会議資料の最終確認をする。この一連の作業を、彼は毎朝一人でこなしていた。
残業ゼロ。有給消化率100%。ハラスメント件数ゼロ。
この数字だけを見れば、比嘉課長が率いる営業第二課は、どこに出しても恥ずかしくない「模範的なホワイト職場」だった。人事部はことあるごとに「第二課を見習え」と他部署に伝え、経営幹部の会議資料にも好事例として引用される。
しかし、比嘉本人は知っていた。
この数字が、虚構の上に成り立っていることを。
部下たちが帰った後のオフィスで、彼は毎晩一人残って仕事をした。
残業代は自分の裁量でつけないようにしていた。「課長がいる間はいられない」と部下が気を遣うから、意図的に帰宅を装い、彼らが去った後に戻ってきた。
プレイングマネージャーとしての業務は増え続けていた。
働き方改革で部下の残業が制限された分、その「しわ寄せ」は確実に比嘉の肩に積み上がっていた。重要な提案書の作成、クライアントへのフォローアップ、トラブルの火消し。本来であれば部下に任せるべき業務を、「引き取ること」が比嘉の日常になっていた。
彼がそうする理由は、一つだった。
「若手に無理をさせて、辞められたら終わりだ」
その恐怖は、3年前のある出来事から始まっていた。
前任の課長のもとで働いていた若手社員が、上司の厳しい指導を「パワハラだ」として人事部に申告した。前任課長は配置転換を命じられ、事実上のキャリア終焉を迎えた。
比嘉はその一部始終を、すぐ隣の席で見ていた。
「厳しくすれば潰れる。かといって踏み込めば、次は自分が終わりだ」
以来、彼の管理職としての行動原理は、この一文で完全に規定された。
実際、管理職の4人に1人が「パワハラと言われるのが怖くて部下への指導を避けている」というデータがある。比嘉は、その統計の中の一人に過ぎなかった。
午前9時。
部下たちが三々五々と出社してくる。
「おはようございます」と明るく挨拶する比嘉に、若手たちは「おはようございます」と返す。
表面上は、穏やかな朝だった。
その中に、金城優斗(25歳)がいた。
金城は、沖縄県立大学を卒業後、この会社に新卒で入社した。
配属面談で「バリバリ営業をやりたいです」と語った彼を、人事部長は「第二課に向いている」と判断した。「比嘉課長は面倒見がいいから」という理由だった。
入社から3年が経とうとしていた。
金城は毎朝、出社前にスマートフォンで二つのことを確認する習慣があった。
一つは、新NISAの運用状況。
もう一つは、大学時代の友人たちのSNSだ。
そこに並ぶのは、同期たちのリアルな戦場の記録だった。
「昨日のプレゼン、ボロカスに怒られた。でも課長に徹底的に直してもらった資料、完璧になった」
「初めてクライアントを単独で担当。失注したけど、なぜ負けたか全部わかった」
「残業続きできつい。でも3年前の自分と比べると、別人みたいに成長してる」
金城はスマートフォンを伏せ、窓の外を見た。
「自分は、何をしているのか」
彼が今の職場を評価する基準は、明確だった。
「この職場は、自分の市場価値を高めてくれる投資先か否か」
終身雇用が崩壊した時代に生きる金城にとって、会社とは「一生の安住の地」ではない。自分というキャリア資本を預ける「投資先」であり、その投資対効果(ROI)を常に冷静に計算していた。
新NISAを積み立てながら、彼は一つの結論を出しつつあった。
「この職場の投資対効果は、最悪だ」
低リスク・低リターン。
スキルは身につかない。難しい仕事は任されない。厳しいフィードバックもない。安全で、穏やかで、そして自分の市場価値を、静かに削り続けている。
新入社員の約36%が自らの職場を「ゆるい」と感じており、その層ほど強いキャリア不安を抱えているというデータがある。金城は、その数字が示す若者の一人だった。
◆ 第2章|ホワイトハラスメントという、真綿の首絞め
その日の午後、営業第二課に一つの案件が舞い込んだ。
大手のリゾートホテルグループによる、新規の販促戦略立案プロジェクト。予算規模は過去最大級。競合他社数社も参加するコンペ形式で、提案期限は3週間後だった。
比嘉は資料を読みながら、頭の中でシミュレーションした。
「難易度が高い。俺が主導してまとめるしかない」
そこに、金城が近づいてきた。
「課長、このプロジェクト、私に担当させてもらえませんか」
比嘉は、一瞬だけ迷った。
金城の目に、これまで見たことのない光があった。本気だと、わかった。
しかし次の瞬間、比嘉の脳裏に「あの光景」がよみがえった。前任課長が人事部に呼ばれる姿。配置転換を告げられた後の、あの虚ろな表情。
「気持ちはわかるよ、金城君。でもこのプロジェクト、かなりタイトなスケジュールでね。残業が発生するのが目に見えてる。コンプライアンス上、それは困るんだ。私が主導するから、金城君はサポートに回ってくれると助かる」
金城は、一秒の間を置いて答えた。
「……わかりました」
比嘉は、ほっとした。
「残業させずに済んだ。若手を守れた。これが正しいマネジメントだ」
金城は自席に戻り、パソコンの画面を開いた。
その胸の中で、何かが静かに、しかし決定的に、音を立てて折れた。

「ホワイトハラスメント」という言葉がある。
直接的な暴言や暴力ではない。むしろ過度な配慮と優しさによって、相手の成長機会を奪い、キャリアを緩やかに損なわせる行為だ。
比嘉がしたことは、まさにそれだった。
彼には悪意が一切なかった。それが、この問題の本質的な残酷さだ。
若手が「ゆるい職場」に感じる危機感の核心は、「成長予感の欠如」にある。存在承認は得られる。貢献実感も一定程度はある。しかし、仕事の難易度が低く、負荷が与えられない環境では「成長予感」が著しく低下する。
終身雇用が前提だった時代、若年期の低負荷は「将来の安泰への準備期間」として受容された。
しかし今は違う。
スキルが身につかない環境に留まることは、将来の「キャリア安全性」を決定的に損なうリスクとして若者に認識されている。
比嘉の「優しさ」は、金城の未来を静かに奪っていた。
この二人の間には、もう一つの断絶があった。それはコミュニケーション(OS)の不一致だ。
ある朝、比嘉は金城にこう声をかけた。
「今日のクライアント訪問、一緒に来てみるか。現場の空気を感じるだけでいい」金城は静かに答えた。
「その訪問の目的と、自分が同行することで得られるものを教えてもらえますか」比嘉は、一瞬言葉に詰まった。
「……いや、まあ、行けばわかるから」
金城は、小さく頷いた。そして、その日同行を辞退した。
金城が求めるのは「ログ(記録)」と「明確な根拠」だ。「なぜこの仕事をするのか」「この経験が自分のキャリアにどう繋がるのか」それが言語化されなければ、指示は「ノイズ」にしか聞こえない。
一方の比嘉が重んじるのは「気持ち」と「空気感」だ。「この仕事の重要性は、やればわかる」「一緒に頑張ろう」という言葉で通じてきた世代だ。
二人は同じオフィスにいながら、異なるOSで動いていた。
互いの言葉が、届いていなかった。
◆ 第3章|フィードバックの放棄という、静かな宣告
比嘉課長にプロジェクトを担当することを断られた翌週、金城は既存クライアントへの営業報告書に、数字の集計ミスを起こした。
軽微なミスだった。クライアントへの影響はほぼなかった。しかし比嘉が謝罪の連絡を入れる必要が生じた。
翌朝、比嘉は金城を会議室に呼んだ。
金城は、椅子に座りながら、内心では覚悟していた。
「ここで、本気で向き合ってもらえるかもしれない」
ミスの原因を徹底的に掘り下げてほしかった。どこで判断を誤ったのか。どう思考すべきだったのか。耳の痛いことでも言ってほしかった。それが「成長のための指導」だと、金城は信じていた。
若手社員の本音を示す調査がある。「理不尽な人格否定は拒絶するが、自身の成長につながるなら厳しいフィードバックも受けたい」と考える若者は、実は多数派だ。「叱られたい」のではない。「本気で向き合ってほしい」のだ。
しかし比嘉は、こう言った。
「今回のミス、原因はわかった? 次から気をつけてね。誰にでもミスはあるから、引きずらないように。以上」
5分で、面談は終わった。
金城は会議室を出た。
廊下を歩きながら、彼の頭の中である言葉が結晶化していった。
「この職場では、誰も本気で自分を育てようとしていない」
怒りではなかった。
悲しみでもなかった。
ただ、静かな「確信」だった。
指導されないことが、見放されている証拠だと、金城は感じた。
比嘉が恐れた「踏み込んで傷つけること」よりも、「踏み込まれないこと」の方が、若者の離職リスクを高めるという皮肉な構造が、ここで完成した。
その夜、金城はスマートフォンで転職サイトを開いた。
求人票を見ながら、彼は一つの欄を必ず確認した。
「研修制度・成長環境」の項目だ。
◆ 第4章|理解不能な退職届
3週間後の月曜日。
比嘉が出社すると、金城が入口の近くで待っていた。
「課長、少しお時間いただけますか」
白い封筒を差し出された瞬間、比嘉は全身の血が下がる感覚を覚えた。
「……金城君、なんで。残業もない、人間関係も良好だよね。給料に不満があった? 何か辛いことがあったなら、言ってくれれば」
金城は首を横に振った。
「不満は、ありません。皆さん優しくて、本当に良い職場でした。比嘉課長にも、よくしていただきました」
「じゃあ、なぜ」
「ここにいても、成長できる未来が見えないんです」
金城の声は、穏やかだった。
感情的ではなく、ただ事実を報告するように。
「他社の同期は、失敗しながら、難しい仕事をどんどん任されています。叱られながら、鍛えられています。私はこの3年間、ずっと同じ場所にいます」
「でも、君を守るために」
「守っていただいたことは、わかっています」
金城は、一度だけ間を置いた。
「でも、ぬるま湯に浸かり続けたら、外では通用しなくなります。会社が私を一生守ってくれるわけではない。自分の市場価値を高めることを、これ以上後回しにできません」
比嘉には、返す言葉がなかった。
「残業をさせなかった」 「ミスを責めなかった」 「難しい仕事を代わりにやってあげた」
それのどこが、間違いだったのか。
金城がオフィスを出ていく背中を見つめながら、比嘉は42歳のときに管理職研修で習った言葉を思い出していた。
「部下の心理的安全性を守ることが、現代のリーダーの使命だ」
あれは、正しかったのではないのか。

◆ エピローグ|これは個人の悲劇ではない
比嘉課長と金城の物語を、「相性の悪い上司と部下の話」として読んだなら、本質を見誤ります。
これは、日本企業の「組織OS」が時代に追いつけなくなった構造的な崩壊の、ありふれた一断面です。
一方には、「滅私奉公と我慢」のOSで成功を収め、そのやり方が今の若手に全く通じない無力感の中で孤立する管理職がいます。
もう一方には、「市場価値とROI(投資利益率)」のOSで職場を冷徹に評価し、成長の手応えがなければ躊躇なく次の投資先に移動する若手がいます。
二人の間で「心理的安全性」という言葉は、致命的に誤訳されていました。
比嘉にとってそれは「波風を立てず、負荷をかけないこと」でした。
しかし本来の意味は全く異なります。
「見捨てられないという安心感の中で、本気で挑戦できる環境」。それが心理的安全性の正体です。
比嘉が作ったのは「ぬるま湯」であり、金城が求めたのは「本気で向き合ってくれる人の存在」でした。
二人は一度も、本音で話せませんでした。
では、比嘉課長はどうすれば良かったのか。
「優しさ」を持ちながら、それでも部下の成長に本気で向き合うとは、何をすることなのか。
後編では、この職場が再生するまでの処方箋を、具体的に解剖します。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
「スキ」や「フォロー」が、次の記事を書く力になります。
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