【三賢人会議㊺・前編】混沌を力に変える:パランティア「オントロジー」が示す、レガシー破壊なき現場(Genba)のデータ革命
「全社のデータを、まずきれいに整理しましょう」
多くの日本企業が、DXの入り口でこう宣言する。
数十億円をかけてシステムを刷新し、数年がかりでデータをクレンジング(※)する。その計画書を、私は何度も見てきた。
※データクレンジングとは、データベース内の不正確、不完全、または不要なデータを特定し、修正や削除を行ってデータの品質と精度を向上させるプロセスです
そして、その多くが、完成する前に頓挫する。
「きれいなデータが揃ってから始める」。この完璧主義こそが、日本企業のDXを止めている元凶だとしたら、どうだろうか。
三賢人が集まった。テーマは一つ。「泥だらけのデータのまま、世界と戦う方法はあるのか」。
◆ 導入|「クリーンデータ信仰」という、静かな誤謬
現場の賢人(現場知工房)が、重い口を開いた。
「工場ごとに違うMES(製造実行システム)。部門ごとにバラバラなERP(※)。営業が個人で管理しているExcel。そして、ベテラン職人の頭の中にしかない勘」
※ERPを一言で言うと、「会社のヒト・モノ・カネの動きを、一つにまとめて管理するシステム」です。
経理、在庫、人事、生産といった、これまでバラバラに管理されていた業務データを、一つの基盤に統合する仕組みを指します。
「これが、日本企業の“現場”の実態だ」
経済の賢人が頷いた。
「多くの経営者は、この状態を『汚い』と捉えます。だから、まず掃除をしようとする」
「しかし掃除が終わるのを待っている間に、世界はもう先に進んでいます」
◆ 第1章|戦場が証明した「ありのままのデータ統合」
テクノロジーの賢人が、一つの企業を紹介した。
「防衛データ分析企業、パランティアの話をします」

「現代の戦場を想像してください。ドローンからの映像は、電子妨害で欠落する。傍受した通信は、真偽不明。兵士からの報告は、恐怖の中での不正確な位置情報です」
「これ以上ないほど、汚いデータです」
「パランティアは、このデータをきれいに整形してから使う、という発想を捨てました」
「ありのままの断片を、そのままシステムに引き込み、即座に行動へと繋げる。これが彼らのアプローチです」
現場の賢人(現場知工房)が、身を乗り出した。
「なぜ、それができる。普通は、汚いデータほど扱いにくいはずだ」
「実は、歴史がその重要性を証明しています」とテクノロジーの賢人は続けた。
「2001年の同時多発テロ。CIAとFBIは、それぞれ独自のデータベースに情報を抱え込んでいました」
「横の連携がなかったために、決定的な脅威の予兆を見逃した。これが、最大の教訓です」
「データが汚いことより、データがサイロに閉じ込められていることの方が、はるかに致命的だったのです」

◆ 第2章|『オントロジー』データベースが「生きた地図」に変わる瞬間
経済の賢人が、核心の技術に触れた。
「パランティアの競争優位性の正体は、『オントロジー』と呼ばれる技術にあります」
「これは、単なるデータの倉庫ではありません」
従来のデータベースは、テーブルと行と列で構成されている。関係性を知るには、専門知識を持つ担当者に、複雑な検索を依頼するしかない。
「言うなればすべての書類が、翻訳されないままバラバラの棚に放り込まれた、薄暗い倉庫です」
「一方、オントロジーは違います」
現実世界を、3つの要素で捉え直す。
オブジェクト(名詞):従業員、部品、顧客
リンク(関係性):それらの繋がり
アクション(動詞):発注する、変更する、追跡する
「そしてSemantic(意味)、Kinetic(実行)、Dynamic(学習)という3つの層が連動し、決定と実行と学習を、絶えず循環させ続けます」
テクノロジーの賢人が、比喩で締めくくった。
「すべての棚、トラック、配送ルートが、神経系のような光の糸で繋がっている」
「手元のスイッチ一つで、現場全体に指示が飛ぶ、スマートな航空管制塔
それが、オントロジーの正体です」
◆ 第3章|昭和レガシーのままで、明日から世界と戦う方法
現場の賢人(現場知工房)が、ゆっくりと口を開いた。
「ここまで聞いて、多くの経営者はこう思うはずだ。『うちの会社は、レガシーシステムだらけだ。手遅れだ』と」
「しかしそれは誤解です」と経済の賢人が首を振った。
「オントロジーは、既存のシステムを壊しません。工場ごとに違うMESも、部門ごとのExcelも、そのままの場所に置いたまま、上層でデータを仮想的に統合します」
「これを『エンティティ・レゾリューション』と呼びます。別々のシステムにある『同じ顧客』『同じ部品』を、自動的に同一のものだと認識するのです」
現場の賢人(現場知工房)が、静かに、しかし力強く言った。
「もう一つ、私が最も心を動かされた話がある」
「ベテラン職人の頭の中にしかない、あの暗黙知『この部品が遅れたら、あの代替品に切り替え、生産順序をこう変える』」
「それを、システムのルールとして明示的に刻み込むことができる。属人化していた経験知が、組織全体の共有知性へと昇華する」
「長く現場を見てきて、これほど希望のある話は、そう多くない」
きれいなデータを待つ企業は、戦場に到着する前に、疲弊する。
DXとは、泥の中の混沌をそのまま武器に変える、冷徹なスピード革命だ。
データのサイロ化(※)とは、組織が自ら作り出した塹壕である。
※データのサイロ化とは、企業内の部門やシステムごとにデータが分断され、互いに連携・共有されていない状態を指します。
あなたは明日も、その塹壕の中で、Excelを繋ぎ合わせる作業を続けるのか。
正直に言えば、この記事を書きながら、私は何度も膝を打ちました。
「きれいにしてから始める」という発想は、実は、行動しない自分への言い訳だったのかもしれません。
泥臭い現場を、そのまま力に変える。
それは、長く現場と向き合ってきた私が、ずっと信じてきたことと、静かに重なります。
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