小説&ピアノ「四季」① Spring
開いた窓からぶわりと風が吹き込み、甘い匂いがした。
あ、沈丁花。礼が言う。私この匂い、大好き。
ー じんちょうげ?
ー うん。どこに咲いてるんだろう。学校に沈丁花なんて、あったかなあ。
そう言って、礼は窓の外を覗く。
あたしたちの教室は三階にあって、窓からは校庭と富士山が見渡せる。富士山はなめらかになだらかで、とてもきれい。強い風に雲が吹き払われてしまったような青空のなか、すらりと立っている。
「見当たらないなあ」
言いながら、礼は熱心に窓の下を覗いている。
あたたかい風がもう一度教室に吹き込み、日に焼けたカーテンとつやつやした礼の髪を、柔らかく揺らした。
* * * *
礼は花に詳しい。たいていどんな花の名前も知っている。
あたしは全然だめだ。たんぽぽとかチューリップとかならわかるけれど、すみれとかフリージアとかになると、もうお手上げだ。
いつだったか、金木犀を知らなくて礼に笑われたことがある。「金木犀を知らずに中3まで生きてこられたとか、そっちのほうが奇跡」と言って。
毎年秋になるとそこらじゅうで甘いやさしい匂いをさせるあの花が金木犀という名前なのだと、そのときあたしは初めて知った。
昼休み。
沈丁花を探すのだと言う礼にくっついて、あたしは校庭に出る。
「沈丁花って、どんな花?」
あたしは礼に訊く。
んーとね、と言って、前を向いたまま礼はほんの少し首をかしげる。何かを考えるときの、いつもの礼の癖。あたしはその礼の横顔を眺めながら、答えを待つ。
「……ぼんやりした花、かな」
礼は、やけに小さな声で言った。
* * * *
小さい頃からあたしはずっと、「ぼんやりした子」だと言われてきた。
小学生のころ、漢字テストの時間に突然雪が降ってきたことがあった。
窓の外でちらちらと舞う雪はものすごくきれいで、あたしは見とれた。
普段は騒がしい教室はしんと静かで、鉛筆が走る音だけが響いていた。
その静けさと雪の落ちてくるさまは、とてもよく似合った。いくつもいくつもきりもなく落ちてくる、白いかけら。
見とれているうちに気づけばテストの時間は終わっていて、あたしは見事に0点をとった。
先生はあたしの白紙の答案用紙を見て、「やる気がない」と怒った。「なぜ何も書かずに出すの?何かひとつくらい書けたでしょう?」と。
あたしは正直に話した。漢字テストに向けてちゃんと勉強してきたこと、だからやる気がなかったわけではないこと、でも突然降ってきた雪があんまりきれいで見とれているうちに、気づいたら終了のチャイムが鳴っていたこと。
怒っていた先生の顔は、あたしが話していくうちにだんだんと、困ったような表情に変わっていった。
その夜、先生からお母さんに電話がきた。話すうちにお母さんの顔もだんだんと困ったような表情になった。「ぼんやりした子で」という言葉が、何度か聞こえた。
世界はきれいなもので溢れていて、あたしはしょっちゅうあの漢字テストのときのようになってしまう。
たとえば、バスの窓ガラスを不思議なかたちで流れていく雨。
たとえば、ふとこちらを振り返った黒猫の、きらりと光る金色の目。
信じられないほどきれいな声で鳴く鳥にも、毎日毎日違う色になる夕方の雲にも、あたしの心は簡単に奪われてしまう。
あんまりきれいでついぼうっとして、降りるべきバス停を通りすぎてしまったり待ち合わせに遅刻してしまったり、する。そして決まって誰かを怒らせてしまうのだ。
あたしはそのたびにものすごく申し訳ない気持ちになるし、そのたびに何度でも、自分のことがいやになる。
みんなはいったいどうやって、次から次へとやってくるこのきれいなものたちをやりすごしているんだろう。いったいどうやって、心を奪われすぎないようにしているんだろう。
あたしも、みんなと同じでいたいのに。ぼんやりなんか、したくないのに。
礼の「ぼんやりした花」という言葉はだから、あたしの心にひっかかった。
ぼんやりした花なんて、昼休みを潰してまでわざわざ探す価値、あるのかな。
あたしはそう思ったけれど、黙って礼についていく。その花を、見てみたかった。
礼が好きになるものは、たいていあたしも好きになると知っていたから。
* * * *
礼とは、中1のときに初めて同じクラスになった。
中1。教室の人間関係が、小学校ののんびりしたものから少しずつ、ぴりぴりし始める時期。
そんな時期にも、あたしはしょっちゅうやらかした。
いろんなものに目を奪われるせいで支度が遅く、音楽や体育や美術のような移動が必要な授業の時にはよく遅れた。
理科の実験でも、きらきら光る結晶や試験管ガラスのぶつかる高く響く音にぼうっとしているうちに先生の説明を聞き逃し、しばしばミスをした。班行動のときには集合時間に間に合わないことが多かったし、間に合っても、たいていなにかしら忘れ物をした。
そんなあたしに、クラスの子たちは苛立った。
あたりまえだ、と自分でも思う。誰もが新しい環境に馴染もうと必死だったその時期、不安とストレスと興奮でぴりぴりしていた彼らの神経を、あたしの存在は思いきり逆なでしたのだ。
あたしはクラスのお荷物だった。
ある日教室の出口で、廊下に出ようとしたあたしとすれ違いざま、クラスの男子がぼそりと「きも」と言った。
周りにいた子たちが一瞬息をのむのがわかった。何人かは、小さく笑ったと思う。
あたしは固まった。言われたことの意味をのみこんだ瞬間、おなかの底がどろりと冷たくなった。あたしはその場に立ちつくした。
そのとき、誰かがうしろからぽんとあたしの肩をたたいた。
「伊藤さんって、いつも髪の毛かわいいよね。私もそういう髪になりたいなあ。ね、その髪、どうやってお手入れしてるの?教えてほしいなあ」
あっけらかんと響く声。それが、礼だった。
礼は明るく話し続け、そのままそっと背中を押してあたしを廊下に連れ出した。
ちらりと後ろに目をやりながら「あんなこと言うやつのこと、気にすることないからね」と言う礼の髪はあたしのなんかよりずっときれいで、礼はただあたしをあの場から救いたかったのだとわかった。
「人に迷惑をかけないようにしよう」というスローガンが、あたしたちの学校には掲げられている。
あたしたちはその言葉を、毎日毎日、目にする。見続けるうちに、人に迷惑をかける生徒はだめな人間なんだということが、あたしたちの意識に染みこんでいく。
「周りに迷惑をかける人間のことは、少しくらい傷つけてもいい。だって、みんなを困らせてるんだから」。
そういう空気が、いつのまにか学校の中にできあがっていく。
「周りに迷惑をかける人間」 ー それは、まさにあたしのことだった。
「きも」という言葉が発せられた、あの一瞬。
あれはクラス全体が、あたしを「傷つけていい人」として認定するかどうかを決める瞬間だった。
学校という場でそういう認定をされた子はそのあとどこにも居場所がなくなっていくのだということを、あたしもみんなも知っていた。
その認定があたしに向けてなされようとした瞬間、礼はあたしをその場から連れ出したのだ。そうすることで、礼はクラスの空気をぱっと覆した。
大げさじゃなく、礼はあたしを救ったのだった。
一年生の頃から、礼はしっかりした子だった。あたしにいろんなことを教えてくれた。花の名前、ノートのとり方、図書室の場所。
そして礼は、いろんなものに目を奪われてしまうあたしのことを、「いいところを見つけられるのは、ナオの才能」と言ってくれた。
礼がそんなふうに言ううちに、クラスのみんながあたしを見る目がだんだんと変わっていくのがわかった。礼と一緒に「しかたないなあ」と笑ってくれるようになった。
去年の夏(中3の夏だ)、私立の進学高校への推薦を受けることにしたと礼が言ったとき、あたしは泣いた。
泣きたくなんかなかったし、礼の決めたことを心の底から応援したかった。なのに言葉より先に、目から勝手に涙がでた。「もう礼と一緒の学校に通えない」という事実が、あたしの体を打った。
「すごくいい、礼にぴったりだと思う。おめでとう。あれ、泣いてないのに、涙が。ちがうの、これは」などと支離滅裂なことを言い募りながらぼろぼろと泣くあたしを、礼は困ったように見つめた。
しばらくして「あのね、一度出会ったら、人は人を失わないんだよ」と礼は言った。小さな、でもいつもの礼の、やさしい声音で。
「一度出会ったら、人は人をうしなわない」。
それは母親の本棚にあった小説に書かれていた言葉なのだと、礼は言った。
「だから私とナオは、もうお互いを失わないの。だって、もう出会っちゃったんだから」と。
その日の放課後、礼の家であたしはその本を見せてもらった。
移動遊園地みたいな表紙の、ぼうぼうと風の吹くような、自由で寂し気な気配の本だった。
礼が開いてくれたページには、こう書かれていた。
一度出会ったら、人は人をうしなわない。
たとえばあのひとと一緒にいることはできなくても、あのひとがここにいたらと想像することはできる。あのひとがいたら何と言うか、あのひとがいたらどうするか。
それだけで私はずいぶんたすけられてきた。それだけで私は勇気がわいて、ひとりでそれをすることができた。
一度出会ったら、人は人をうしなわない。
それ以来その言葉は、あたしのお守りになった。
* * * *
「あった」
礼の声に、あたしはふと我に返る。
「みて。沈丁花」
礼の指の先に、その白い花はあった。濃い緑色の茂みの中に、ほとんど埋もれるようにして小さく咲いている、白い花。
白い花、という透明感ある語感とは違ってその花は葉も花びら硬そうで、よく見るとところどころ茶色く変色さえし、なんというか本当に、ぼやぼやとした花だった。
毎年春先になると風にのって香ってきたこの匂いは、この花から出ていたものだったんだ。
そう思うとなんだか不思議だった。強く甘やかなその香りはもっとゴージャスな、たとえば薔薇みたいな花に似合いそうだったから。
「こんなに地味な花なのに、こんなに華やかな匂いがするって、なんかすごくない?」
あたしの気持ちを代弁するように、礼は言う。「見かけによらないなあ、って思うんだ。花も人も、見かけによらないなあって」
それからあたしを見て、礼は笑う。
「なんだか、ナオみたいじゃない?」
え、あたし?
思いがけない言葉に、あたしは聞き返す。
「うん。沈丁花って、ナオみたい。大人しくてぼんやりしてるように見えるけど、目に見えないところに、強くてきれいなものを持ってる。世の中の素敵なものを見つけ出すすごい才能をもってるのに、それをぜんぜんひけらかさない。それってなんだか、沈丁花みたいじゃない?
普段はみんな、こんな地味な花には目もくれずに通り過ぎる。でもあるときふと街じゅうがいい匂いに満たされて、それでみんな不思議に思うの。あれ、このいい香りはいったいどこからくるんだろうって。そして初めて、沈丁花に気がつくの。ナオは、そういう子。」
「…そう、かなあ」
よくわからなくて、あたしはつぶやく。沈丁花の匂いを深々と吸い込んで、礼は続ける。
「ナオのそばにいるとね、この世界はものすごくきれいなんだってことがわかるの。ナオと一緒にいると、今までと同じ場所で、今までと違うものが見えてくるの。
雨上がり、蜘蛛の巣にかかってる雨つぶがどんなにきらきらしてきれいかなんて、ナオと一緒に見るまで、私知らなかった。雨上がりの蜘蛛の巣はきっと何度も目にしてきたはずなのに、ぜんぜん見えてなかった。知らないものは見えないんだって、びっくりしたよ。
でも一度知ったらね、雨のあとのきらきら光る蜘蛛の巣が、いくつもいくつも目に入るようになったの」
言葉を探すように、礼はすこし沈黙する。どこかで鳥の鳴き声がした。あれは、なんていう名前の鳥だろう。
「それからは、雨上がりの世界がきらきら輝いて見えるようになった。蜘蛛の巣だけじゃなくて、葉っぱの上の雨つぶも傘の先の雨つぶも、一斉にきらきらし始めた。
うわあ、って思ったよ。私の生きてる世界はなんてきれいなんだろう、って。このきれいさが私には見えてなかったんだ、同じものを見ているつもりで全然見えてなかったんだ、って。
ナオは、ぼんやりしてるわけじゃない。他の人よりたくさんのことに気がついて、ひとつずつを味わっちゃう人なの。それってすごい。本当にすごいんだよ。でもそのナオのすごさに、たいていの人は気づかない。ナオ自身だって、たぶん気づいてない。
だから私ね、ナオのすごさに気づけた自分を、誇りに思ってるんだ」
そういって礼は振り返り、胸を張るようにもう一度笑った。
礼の言葉が頭に染み込んでくるにつれ、頭の芯が、じんとしびれたようになった。
嬉しかった。
今まで生きてきた中でいちばん、嬉しかった。
昼休み終了を知らせるチャイムが鳴る。ひときわ強い風が吹き、沈丁花の香りがあたしたちを包む。
「あ、やば。五時間目、体育じゃない?」
目を見ひらいて礼が言い、あたしたちはバタバタと走り出す。走りながら、あたしはちらりと校庭を振りかえる。沈丁花の甘い香り、ふくらんだ桜のつぼみ。
あたしたちはもうすぐ、ばらばらになる。
そう思うと、寂しさで手足がしびれた。
でも、大丈夫。
あたしは自分に言い聞かせる。
「一度出会ったら、人は人をうしなわない」。
そう思うことはきっとこれから、それぞれ別々に出ていく新しい場所で、あたしたちのことを助けてくれるだろう。何度も何度も。
「ナーオー!はやくー!」
いつの間にか立ち止まってしまっていたあたしに向かって、昇降口から礼が叫ぶ。
春風を孕んだ礼のスカートがふわりとふくらみ、長い髪がきらきらと揺れた。
Spring - 久石譲 played by Jaga(ナオの物語)
この作品は、連作短編小説「四季」のうちの物語のひとつです。
全話は、こちらをどうぞ ▽
【演奏後記】
お聴きいただきありがとうございました。
今年1月から始めた小説と音楽の工房、「十年一刷舎」。
まずは、と、自分の過去のコンサート映像から切り出して音楽の記事を少しずつ作る最中、その時演奏した久石譲さんの『Spring』を見つけました。
そこでふとさちさんに、『Spring』の音楽に物語をつけてみないかと提案したことから生まれたのが、この小説です。
さちさんから届いた素晴らしい小説を読んで、「あれ?コンサートのときの花びらがさらさらと舞うあのSpringとは違う物語だ」と感じ「このナオのSpringを弾いてみたい」という思いが沸々と湧き、ピアノを開きました。
ところがなんと、25歳になる私の電子ピアノが故障してしまったのです。
鳴らない音、切れてしまう音、重なってしまう音がひたすら変化しながら症状として出る。部品も入手できず演奏もままならず、このまま春が終わってしまうのかなと色んな悲しみが湧き上がってきていた、ある日曜日の午後。
ダメだろうなと思いながらもふと触ったピアノが、ほんの少しの間だけ、ほとんど元通りの音を出す時間がありました。その瞬間を逃したくなくて慌てて録音機材のスイッチを入れて録ったのが、今回の音源です。
演奏の途中に何度かまた故障の症状が現れ始め、「壊れるな、なんとか最後まで持って」という思いと、これがこのピアノの最後の演奏になるかもしれないという思い。曲が進むにつれて募る「ミスんなよ、自分、、」という緊張感と、「このテイク、録り切りたい」という気持ち。
そのようにして残せたのが、このワンテイクです。
だから、このテイクはとても大好きです。宝物。
正直ミスタッチも多く、公開するのを躊躇しましたが、このピアノが届けてくれた最後の曲になるのかもしれないと思うと、故障の症状で途中途切れる音も愛しく、やはり皆さんにお届けしたいと思うようになりました。
ナオの物語に思いを寄せて弾くことで、どこかあどけなくおぼつかない雰囲気を残した演奏。ナオの未来に壊れかけの優しいおじいさんピアノが寄り添うように感じられるこの一度きりのテイクを、今ではとても気に入っています。
みなさんにもそんなところを楽しんでもらえたら、うれしいです。
(2025.3.9 Jaga演奏)
小説や映画に寄り添うピアノのYouTubeチャンネル「Jaga Piano」
【小説担当:さち】
お読みいただきありがとうございました。
本を読むことと、ものを書くことが好きです。
ここnoteでは、小説やエッセイのほか、読んだ本の感想などを書いています。
たくさんの優れた物語に、生きることを助けてもらってきました。
文章や音楽にはそういう力が備わっていると信じています。
そういうものを、みなさんと一緒に共有できますように。
【ピアノ担当:Jaga(じゃが)】
お聴きくださりありがとうございました。
幼少期から習ったクラッシックピアノをベースに曲作りをしています。ピアノコンクールで賞をいただいたりしながら、5年ほどギター片手にストリートミュージシャンをしていたこともあります。絵を描くことも好きです。音楽と絵と文章との間を自由に飛び回りながら、みなさんとやさしい世界を作っていきたいなと思ってます。
十年一刷舎は、小説と音楽の作品作りをする工房のアカウントです。
詳しくはこちらをご覧ください⇩
※ 本文中の「一度出会ったら、人は人をうしなわない」という文章は、江國香織さんの『神様のボート』(新潮文庫)より引用させていただきました。
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いただいたチップは小説と音楽の作品づくりを中心とした十年一刷舎の制作活動に使わせていただきます。これからも素敵な時間をともにできますように!