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「自分が我慢すればいい」を、やめてみる。

こんにちは、金泉 正です。

「自分が我慢すればいい。」

気づけば、そんな言葉を心の中で選んでいることがあります。

もちろん、

我慢や忍耐が必要な時もあると思います。

すぐに投げ出さないこと。

踏ん張ること。

その大切さを、私自身も感じています。


だから、
「好きなように生きればいい。」
そんな簡単な話をしたいわけではありません。

自由に選ぶということには、

結果や責任も伴います。

自分の選択によって、

誰かに影響を与えることもあるかもしれません。

今まで通りではいられなくなることもあるかもしれません。


特に、 

誰かを支える立場にいる人ほど、

自分一人の問題では済まないことも多いと思います。

だから、

簡単ではないのだと思います。

でも、

もし、

「自分が我慢すればいい。」

それが当たり前になっていたとしたら。

一度、少し立ち止まって、

自分を俯瞰して見てみることも大切なのかもしれません。


その時、

嬉しさよりも、

悲しみや苦しさの方が多くなっているとしたら。

もしかすると、

あなたではない誰かも、

その姿を見て、心を痛めているかもしれません。

あなたが思っている以上に、
あなたのことを大切に感じている人がいるからです。


私は、
「〇〇してあげる」 という言葉に、
少し引っかかりを感じることがあります。

もちろん、

優しさから出る言葉なのだと思います。

でも時々、
「自分が我慢すれば丸く収まる。」

そんな選択になっていることもあるのかもしれません。


もし、
本当に自由に決めていいとしたら。

あなたは、どんな選択をするでしょうか。

いつもは選ばないことを、選ぶかもしれません。

今までなら口にしなかったことを、

伝えるかもしれません。

あるいは、

何も変えず、

今と同じ選択をするのかもしれません。


でも、
その上で選ぶ「同じ選択」は、
以前とは少し違うものになる気がするのです。

「仕方なく」ではなく、

「自分で選んだ。」

その感覚が、
その選択に意味を与えてくれるのだと思います。


もし仮に、

自分で選んだことが、

願っていた結果にならなかったとしても。


「ああ、やっぱりダメじゃん。」

そんな声が、
自分の心に刺さることもあるかもしれません。

でも、

その一方で、
小さくても、確かに、
もう一つの声があるように思うのです。


「よく頑張った。」
「ちゃんと向き合った。」
「自分で選んだんだね。」


そんなふうに、
静かに語りかけてくれる声が。

私は、そんなふうに悩みながらも、

自分で考え、
選ぼうとしている人を応援したいと思っています。


もし今日、「本当はどうしたい?」と、自分に聞いてみるとしたら。

あなたは、どんな答えを返しますか。

今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

【今日のことばの置き場所】
(もしよければ、コメント欄で教えてください)
最近、「本当はこうしたいかもしれない。」

そんなふうに感じたことはありますか?

小さなことでも大丈夫です。

よかったら、その想いをここにそっと置いていってくださいね。

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