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宇宙の話をしようか

宇宙の話をしようか。

小さい頃、父に連れられてよく科学博物館に行った。
大きいシャボン玉の中に入れる装置、最新技術で動くロボットなど面白いもの、胸の奥にある「ワクワク」を引き出されるものが大好きだった。
科学博物館だけではない、本もたくさん買ってもらっていた。
絵本、図鑑、雑誌、その中でも、宇宙や星に関する本や図鑑が大好きで何度も何度も読み返した。
図鑑の中にある色とりどりのたくさんの惑星たちは、まるでキラキラ光る宝石のようで、その惑星たちをキラキラと囲む星たちは、宝石を包み込んでくれる綺麗な宝石箱のようで。
美しく輝く彼らが大好きだった。

「なんでこんなに綺麗に星たちは光ることが出来るのだろうか?」

「なんで宝石のように綺麗な惑星がたくさんあるのに、人は地球にすんでいるのだろうか?(個人的にはずっと、月に住みたいと思っていた)」

「なんで?」「どうして?」
そんな胸の奥にある「ワクワク」を掻き立てるような、思いをはせることが出来るような疑問の答えを考えては、未知の世界を知っていく。
キラキラ輝く星たちに、宝石のように光る惑星たちに一度触れてみたい。

「いつか自分の目で、月を、地球を、そして宇宙をみてみたいなぁ。」

そう、私は宇宙が大好きだった。


しかし、大きくになるにつれて宇宙について思いをはせることが少なくなった。
なぜかって?
そりゃ…学校の課題に追われることが多くなったし、部活に入っていたので家に帰ったらクタクタだったし…まあ、そんな宇宙のことについて語り合うような人も周りにはいなかったし…
なにより、私にとっては、

”宇宙に関連する仕事につくには頭がよくなければならない=数学が得意でないといけない”

という考えがあったので、数学が大の苦手(テストは毎回、平均点スレスレのビミョーな点数)な私には無理なことだと思い、私は「宇宙へのワクワク」を封印した。


そんな私だが、中学生の時に初めての海外生活となる南米に住むことになった。
現地の日本人学校に通っていたころには、年に一度、チリにある国立天文台の「アルマ望遠鏡」から講師の方をお招きし、星や宇宙の話をしてくださった。

「宇宙には約何個ほどの星があるでしょうか?」

「最初の銀河はいつごろどんな大きさで生まれ、進化したのでしょうか?」

この質問を語りかけられた時、私はかつての胸のワクワクを思い出していた。
胸の奥にしまったはずだった思い。
私は講師の方の話にすっかり夢中になった。
南米チリの標高5,000mの高地に建設され、2011年に科学観測を開始したアルマ望遠鏡。
そのアルマ望遠鏡の観測からは、130億年以上前の天体姿を確認出来たことやこれを使えば、星や惑星の材料となる塵やガス、生命の材料になるかもしれない物質が放つかすかな電波を、「視力12000」に相当する圧倒的な性能でとらえることが出来ることなど、どれもとても興味深いものだった。
そして、講座の終わりには、みんなで一緒にバーベキューをしながら天体望遠鏡で天体観測を行った。
月を始め、北斗七星、土星など、普段見ることが出来ない星や惑星を望遠鏡を通して見たときの感動は忘れられない。

「やっぱり私は宇宙が好きだ。」

綺麗な夜空を見ながら確かにそう思った。


それから、また時は流れ、気づけば高校生も半ばに差し掛かっていた。
父の仕事でまた違う国にお引越し、通う学校もインター校しかなかったのだが、これがなかなかタフなことだった。
英語がベースで行われる授業に、私の英語力ではみんなに到底追いつくことが出来なかった。
問題を解くにも、まず問題が分からない。
みんなの雑談に入るのも、頭をフル回転させて話についていくのに精一杯で、正直私は自分に自信を無くした。
すぐに分かるようになるわけない、みんなと違うことはしょうがない。
ちょっとずつ、ちょっとずつ、焦らずに。
そう頭で分かっていてもみんなと開く差に、情けない自分に心はボロボロだった。


そんな時に私は、『宇宙兄弟』に出会った。
というのもインター校の授業の一環で、現地の日本人学校で職業体験をしたときのことだった。
生徒たちと触れ合いながら、先生方の授業を見学し、今度行われると言う「サイエンスショー」に使うポスター作りをしているときのことだったのだが、月や星など、まさに私が大好きなトピックについて発表する小学4、5年のために腕によりをかけてポスターを作っていると、教頭先生に声を掛けられ、息抜きにと図書室に連れていかれた。
海外にいるのに日本と変わらない光景にすごいものだなと感心していると、教頭先生に

「これおすすめなので、ぜひよんでみてください!もう、私の大好きな漫画で全巻そろえてあるのでね。」

とおすすめされ、手に取ったのが『宇宙兄弟』だったのだ。
始めに一巻の表紙を見た時は、

「なんやねん、このモジャモジャは。」

とシンプルに思ったのだが、家に帰ってゆっくり手にして読み始めてみるとあまりの面白さと宇宙への思いににすっかりのめりこんでしまった。


主人公ムッタこと、『南波六太』は幼い頃に弟の『日々人』と一緒に月に行くことを誓う。
大人になって、弟の日々人が約束通り宇宙飛行士になる一方、兄であるムッタは、

「宇宙飛行士になれるわけない。」

と夢を諦め、自動車開発の企業に勤めていた。
弟に引き目を感じながらも、やはり心のどこかで宇宙への思いは諦め切れなくて…
そんな時に、会社をクビになったことで諦めかけたはずの夢の続きを追うことになる。
ムッタと周りの人たちの成長と友情と、時には人生の厳しさも教えてくれるこの漫画は、これまでなぜ読まなかったんだと後悔するほど私を魅了した。

どこか不器用で消極的で、日々人のように勇気があるわけではないムッタ。前に進みたいけど怖くて、いろいろ悩んでしまう自分にそっくりなムッタにいつしか私はムッタを自分に重ねていた。
宇宙への思いも…くすぶっていた宇宙に対する胸のワクワクも一気に掻き立てられた。

この『宇宙兄弟』はどこをとっても、胸を揺さぶられる名言や勇気を出させてくれる言葉がたくさんあるのだが、特に私のお気に入りを紹介したいと思う。

『宇宙兄弟』 11巻 ムッタの答えから

11巻でのこと。
ムッタが宇宙飛行士の訓練中、教官のビンスさんに

「あなたの敵は誰ですか?」

と問いかけられたムッタの出した

「俺の敵はだいたい俺です。」

という答え。
この言葉を聞いたときに私は、思わずはっとさせられた。
今まで、他人と比べて落ち込んだり、焦ったりして、どこかで「他人の期待に応えなきゃ」と自分を見ているつもりが周りしか見ていない状態になってしまっていたことに気が付いた。
英語が分からずみんなにうまく馴染めないと思っていたのも、よく考えてみれば笑われたり、拒絶されるのが怖くていつの間にか自分でバリアを張ってしまっていた。
宇宙に対する思いも、勝手に自分には好きになる資格も何もないと思いこませて、気づけば幼い頃の自分を裏切ってしまっていた。
そう、結局自分を縛って、嫌って、怖がらせて。その犯人は「私」自身だったのだ。

でもムッタの言葉のおかげで、「自分を信じてあげる」ことの大切さを教えられた気がする。
英語ができない?
ーいや、そう思っているのは自分だけで、話してみれば案外みんなに伝わってるし、分からないなら素直に聞けばいい。なあに、恥ずかしいことじゃない。
数学が苦手でも宇宙を好きでいいのかって?
ーふん、数学が苦手だっていうだけで宇宙まで嫌いになれるのか?それがそうなら、それは本当に好きだってこととは言わない。宇宙飛行士だって一人で全部やって宇宙に行くわけじゃない。さまざまな分野のさまざまな人たちの努力があって、その「努力の結晶」があって初めて宇宙に人は行くことが出来るんだ。

どう生きたいか。
そのために今、何をすべきか。
ムッタのように正解がなくても、不安があっても、
自分を信じてあげる、好きでいてあげる。
それが一番大切であると教えてくれた『宇宙兄弟』は、いまや私の「人生の教科書」だ。
『宇宙兄弟』が描く、一つ一つの言葉がいつも優しく、私の背中を後ろから押してくれる。

将来なんの仕事に就いているのかは、分からない。
もしかしたら、英語の教員になっているかもしれないし、もしかしたら、本当にもしかしたら、JAXAで働いている…なあんてこともあるかもしれない。
でも、自分の仕事にやりがいを持って、思いっきり笑顔で

「楽しい!」

と言えるような人でありたいと思う。
それと死ぬまで宇宙を愛していたい。
幼い頃に宿した胸のワクワクも、私にとって大切な宝箱に入った宝石たちも。
宇宙の全てを愛して、胸のワクワクを宿し続けたい。

だからみなさんも今日は、夜の空を見上げてみてください。
1人でも、家族とでも、友人とでも。
いつだって変わらず私たちを待ち続けてくれている、「彼ら」がそこにいる。
地球人として一緒に宇宙を愛し、そしてみんなで一緒に

宇宙の話をしようか。

作: 松の真のすけ (画像: 『宇宙兄弟』公式より引用)

↑最後になりますが、ミイコさんが現在、寄付活動チーム「かつおクラブ」さんと共に『宇宙兄弟』寄贈プロジェクトを全国の子どもたちに届ける活動を行なわれています。
子どもたちが夢を持てるように、そして未来が笑顔で溢れた日本であるように。
ぜひ皆さん、この活動を一緒にご支援頂けたらと思います。
よろしくお願い致します。



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