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授業はロマンとカイカン 中高生のための「進路の扉」㊺伝説の数学教師(その5)

Q37 生徒にやる気を出させるにはどうすればいいか?
ようこそ、バーチャル進路室へ。今日も、超ベテランの進路副主任、takami-chanが答えます。

昭和61年(1986)4月、われらが東年生は二度目の離島勤務で鹿児島県の最南端にある島のY高校にいた。
前任校のT高校が生徒減等によって翌年3月をもって実質廃校となることが決まっている中での転勤である。
さて、初の普通科系の高校勤務となり、受験指導が始まった。
国公立大学合格者1名からの出発。
進路指導は生徒たちの旧習に染まった生活の立て直しから始まった。
同時に生徒だけでなく地域の意識改革。
当時の島の優秀な生徒は、島外の奄美大島にあるO高校に進学していた。
島内のY高校でも国公立大学等に合格できる教科指導・進路指導体制の確立を目指した。
「島外に生徒を出さない」が目標。

中学校の進路担当者や保護者と語り込んだ。
徐々に島内に残る生徒が増えた。
手探りで「予習プリント」をつくり、数学教育の革新にも取りかかった。
後年の「予習プリント」の誕生である。
夏場は暑さを避けてガジュマルの下での授業も実施。
もう一つは、孤軍奮闘状態ではあったが、土・日や長期休業中のエアコンのついた町立図書館での学習会の開催。
島外の沖永良部研修センターでの夏期学習合宿も実施。
Y高校には、元号が変わった平成2年(1991)3月までの5年間の勤務した。
徐々に進学実績も上がり、最後の年には推薦入試合格者も含めて国公立大学合格者6名となった。
教職にあること21年、43歳となり中堅教員として迎えられたのが、隣の沖永良部島にある母校のOKI高。

生徒にやる気を出させるにはどうすればいいか。
ーー少しは見えてきたか?
ここまでは、まだ伝説の入り口に過ぎない。
higa-jii伝説が、かたちを整えてきた。

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