深名市怪談①|はじめに
深名市に着いて三日目の夜。
ホテルの窓から見下ろす街並みは、地方都市らしからぬ眩さで輝いていた。ショッピングモール、オフィスビル、高層マンション──十年前まで広大な田畑と空き地、そして管理者を失い長年放置された神社しかなかった町とは思えない光景だ。
北に弥勒山、南は太平洋。その狭間にぽっかりと広がる町、深名市(みななし)。
首都から電車で一時間半というこの地は、好景気に乗って急速な開発が進み、地方の面影を失った”成功した地方都市”の象徴とまで呼ばれている。
だが、華やかさの裏で、目に見えるほど治安は悪化していた。
奇妙な事件、説明のつかない出来事、行方不明者──そして、SNSに投稿される不気味な書き込み。
「見てはいけないものを見た」
「あの場所には近づくな」
「深名市には”何か”がいる」
そんな噂が囁かれ始めたのは、ここ数年のことだ。
ネットではいつしか”深名市の呪い”と呼ばれるようになっていた。
私は記者として、その真偽を確かめるべくこの地に滞在することになった。
事の発端は、オカルト系雑誌を担当している私に送られた一通のメール。
差出人不明のそのメールの件名には、こう書かれていた。
“深名市に伝わる怪異について”
このメールを読んだ私は、何かに引き寄せられた。
その時、スランプに思い悩んでいたこともあり、すぐに飛びついた。
オカルト関連に長く関わってきた私は、過去に、何度も奇妙な経験をしてきた。
機材の不具合、現地の怪奇現象、出版担当の事故死。
取材相手が翌日失踪したこともある。
それでも、この取材だけは嫌な感じがしている。
だが、編集長の前で大見得を切ってしまった。今さら降りるわけにもいかない。
取材の経過を記録し、もし私自身が”何か”を体験してしまった時の証拠として──この日記を残しておくつもりだ。
もしも私に何かあったとき、この記録が誰かの目に触れることを願う。
今、この文章を書き終えて顔を上げた。
窓ガラスに映った私の背後に、誰かが立っている。
息を呑み、振り返るも誰もいない。
当たり前だ、この階に泊まっているのは、私だけなのだから。
深呼吸をして、もう一度窓を見ると、人影はすでに消えていた。
代わりに、ガラスに映る私の口元が、わずかに歪んでいるような気がした。
窓に触れた指先が、ひどく冷たかった。
まるで、内側から冷えているように。
