中国を超える覇権国候補の国、オーストラリアを考える
「次の覇権国はオーストラリアである」——この一文を口にすると、たいていの人は一瞬きょとんとする。中国でもインドでもなく、なぜあの広大で人の少ない大陸なのか、と。けれど私は、この仮説には世界の見方を一段組み替えるだけの射程があると思っている。
まず前提を疑うところから始めたい。多くの人は、アメリカの次に来るのは中国だと信じている。経済規模、軍事費、人口。たしかにこれらの「重さ」で測れば中国は圧倒的だ。けれど覇権というのは、重さだけで決まるものではない。覇権国とは、その時代の物語を語れる国のことだ。
アメリカを支えてきたのはManifest Destiny——荒野を切り拓き、文明を打ち立てるというフロンティアの物語だった。世界を率いる側の物語である。一方で中国の自己像は「偉大な文明の復興」だ。これは被害者から這い上がる物語であって、世界を導く物語ではない。世界に認めさせたい国と、世界を率いたい国とでは、まとえるナラティブの質がまるで違う。だから私は、中国がアメリカのバトンをそのまま受け取ることはできないと考えている。
ではそのバトンを受け取れる国はどこか。ここでオーストラリアが静かに浮かび上がってくる。
地理的に見ると、オーストラリアはアメリカに不気味なほど似た構造を持っている。南半球に独立して位置し、ユーラシアの地政学的な火薬庫から物理的に遠い。アメリカが二度の大戦で本土を無傷のまま工業力を蓄えたように、オーストラリアもまた、巨人たちが消耗し合う間に静かに積み上げられる場所にいる。しかも中国・インド・アフリカ・中東という成長地帯に対して、インド洋を介した貿易ルートの結節点に座っている。歴史上の覇権国はいつも、その時代の支配的な貿易ルートの交差点にいた。オランダもイギリスもアメリカもそうだった。
そして、ここが核心だ。かつての覇権は労働力と土地で決まった。だから植民地が意味を持った。けれど今の時代を動かす資源はエネルギーである。この物差しで測り直した瞬間、オーストラリアの優位は異様なほど際立つ。太陽光、LNG、石炭、ウラン、レアアース、そしてAIと半導体の時代に欠かせないレアメタル。ほとんど全部を持っている。人口の少なさは弱点ではない。それは「古い時代の指標で測ったときだけ弱点に見える」にすぎない。
歴史のアナロジーを重ねると、構図はさらにくっきりする。大陸を席巻したナポレオンのフランスは自滅し、再挑戦したヒトラーのドイツもまた失敗した。その間ずっと、島国イギリスは制海権と貿易ネットワークを握り、一人勝ちの位置を保ち続けた。現代に置き換えれば、強大すぎるがゆえに周辺国すべてを敵に回し、自ら包囲網を生み出している中国がフランスにあたる。台頭しつつも決定打を欠くインドがドイツにあたる。そしてイギリスの席に座る可能性を持つのが、オーストラリアだ。
千年単位の文明周期で眺めても、この読みは奇妙に整合する。紀元前から続く西洋の台頭、大航海時代以降の西洋主導の秩序。西洋的価値観を持つ国が、おおよそ千年規模で世界をリードしてきたサイクルが見える。仮にこの読み筋に従うなら、中国やインドが台頭しても、最終的にその果実を最も受け取るのは、英語圏の制度的安定とインド太平洋の中枢性を兼ね備えた国——つまりオーストラリアかもしれない。
ここまで書いてきて、ひとつだけ正直に注釈を入れておきたい。
私が「オーストラリアが次の覇権国になる」と言うとき、それはアメリカ型の覇権を意味していない。アメリカ型の覇権というのは、要するに超大国だ。あいつとそれ以外、という構図を世界に強いるレベルの存在感。オーストラリアはそこまでは行かないと思う。あの規模、あの人口で、誰も逆らえない単一の巨人になることはない。
私がイメージしているのは、むしろオランダだ。十七世紀のオランダは、世界を軍事で従わせる超大国ではなかった。けれど海運と金融と物流の結節点として、気がつけば世界の中心はあの小さな低地国を経由していた。誰もが「あそこが要だ」とうっすら感じてしまう——そういう種類の中心性だ。オーストラリアがエネルギーの時代に手にするのは、まさにこのタイプの覇権だと思う。世界を支配するのではなく、世界が無視できなくなる。エネルギーという一点において、これは本気でそうなるんじゃないかと私は見ている。
最後にもう一度、覇権の方程式を分解しておこう。その時代の貿易ルートの結節点にいること。その時代のエネルギー革命を最初に掌握すること。金融と制度の革新でリスクを組織化できること。そして大国が摩擦しながら消耗する間に静かに蓄積できること。歴史上、この四つが重なった国が覇権を取ってきた。今この四条件を地図に当てはめると、すべてが一点に収束する場所がある。インド洋と太平洋の結節点、エネルギー転換時代の資源独占、英語圏の制度的安定、そして中国とインドの摩擦の外側。
「オーストラリアはエネルギー超大国になれる」という議論は、学術や政策の世界でも真剣になされている。けれど、そこから「アメリカの覇権ナラティブを引き継ぐ次の中心国」へと跳躍する視点は、まだほとんど誰も語っていない。超大国ではなく、けれど確かに世界の真ん中。オランダのように。私はこの仮説を、しばらく面白がりながら、真剣に追いかけてみたいと思う。
来た、見た、勝った。歴史はいつも、地図を読み替えた者のものだった。
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