<ショートショート> 在庫
ふと、手首の端末を見た。
残量 0.1L 昨日から減っていない。
寝ても、働いても、笑っても減らない。
壊れたのかと思い、役所・生命資源課に問い合わせた。
担当者は無表情で答えた。
「故障ではありません。
棚卸確認済みです」
「どういうことです?」
「人生在庫はご存じですよね、台帳の古い順から処理されます。 残量ゼロで計上終了、存在抹消、それが現行制度です。」
「知っています。だから聞いているんです。0.1から動かない。」
少し間があった。
キーボードを叩く音だけが聞こえた。
「あなたの在庫は、現在、対象外に移管されています」
「対象外?」
「デッドストック扱いです」 私は意味が分からなかった。
「……私はもう、自分の人生を使っていない?」
担当者は続けた。
「あなたは現在、別の人間の残存在庫として再利用されています。記憶も、感情も、すべて持ち主の残量に紐づいています」
沈黙。
やがて私は聞いた。
「……その人の在庫が尽きたら、どうなるんですか」
担当者は一拍置いた。
「登録順に従い、一緒に消却されます」
「それだけですか」
「いいえ」
担当者の声が少し低くなった。
「あなたはすでに、返品不可の不良在庫として登録されています。持ち主が尽きなくても、次の引き取り先が見つからなければ、強制廃棄です」
端末が、静かに点滅した。
残量 0.1L (再利用中・所有権移転済)
あとがき
インフラの現場に長くいると、設備も人間も「在庫」として管理される瞬間を何度も見る。
この話は、その管理台帳の行間に、もし人生が書かれていたら?
という、現場の空気から浮かんだ話だ。
週末、あなたの人生が、ちゃんとあなたのものであることを祈っている。
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