ライトSFP #09:今すぐ、の代金
物流において「速さ」は、インフラを削る。
それが、この都市の常識になって三年が過ぎた。
商品を急がせれば急がせるほど、企業は追加料金を払う。
ただし、それは配送料ではない。
道路補修費。
橋の点検費。
配送員の過労リスク。
事故率。
医療費。
それらをまとめて、企業は都市へ前払いする。
制度名は、
即時配送負荷預託制度。
市民は短く、
「今すぐ税」
と呼んでいた。
ゆっくり運べば安い。
まとめて運べばさらに安い。
だが深夜や悪天候に「今すぐ」を選べば、負荷は跳ね上がる。
制度は、都市を守るために作られた。
だが私は、ずっと気になっていた。
この制度は、
誰かが本気で速さを追求したとき、
本当に耐えられるのか。
答えを出したのは、業界最大手だった。
ある朝、都市中の端末に広告が流れた。
欲しいものを、今すぐ。
追加負担は、すべて当社が負担します。
株価は跳ね上がった。
CEOは笑った。
「制度は計算式だ。攻略できる」
キャンペーンが始まった。
注文が雪崩れ込む。
倉庫が開く。
配送車が走る。
ドローンも、
地下搬送車も、
無人小型カーも、
最短ルートを選び続けた。
洗剤が十五分で届いた。
夜中に注文した靴が、
朝には玄関前に置かれていた。
市民は熱狂した。
同時に、
都市のセンサーが変化を拾い始めた。
橋脚の振動。
道路の歪み。
交差点の停止回数。
配送員の心拍。
歩行者との接近警告。
国の最適化システムが、
静かに再計算を始める。
修繕費。
医療費。
事故率。
渋滞損失。
すべてが、
一つの数式へ吸い込まれていった。
そして企業へ、
最初の請求が届いた。
想定内の額だった。
役員たちは笑った。
だが注文は止まらない。
預託金は、
途中から比例で増えなくなった。
都市の余白が減るほど、
負荷は爆発的に増幅される。
速さは、
都市の余白を食べていた。
夜明け前。
追加請求は、
年間利益を超えた。
CEOは言った。
「一時的な過剰反応だ」
戻らなかった。
市場が先に逃げた。
株価が崩れた。
信用枠が閉じた。
資金が尽きた。
法人清算は、自動で開始された。
速さで市場を支配するはずだった企業は、
速さの代金で焼き尽くされた。
――それで終われば、簡単だった。
道路補修基金は潤った。
事故も減った。
配送員の過労も減った。
制度は、
確かに都市を守った。
だが二週間後、
別の問題が起きた。
最大手が消え、
物流網そのものが崩れ始めたのだ。
生鮮食品が遅れる。
薬が届かない。
高齢者向け配送も止まり始めた。
議会で声が上がる。
「制度が厳しすぎたのではないか」
「都市を守って、
生活を止めては意味がない」
若い分析官が、私に聞いた。
「これは成功ですか」
私はログを閉じた。
「ただの演算結果だ」
窓の外では、
以前より静かな道路を、
少ないトラックが走っていた。
それが進歩なのか。
停滞なのか。
まだ誰にも分からない。
ただ一つ、
確かなことがある。
「今すぐ」は、
無料ではなかった。
その代金は、
道路と橋と人間の身体へ、
ずっと先送りされていただけだった。
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