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ライトSFP#16 失敗履歴書

「通常の履歴書は不要です。失敗履歴書だけを提出してください」

転職支援AIは、そう告げた。

成功実績だけでは、人間を評価できない時代になっていた。

資格。

売上。

受賞歴。

担当した事業。

それらは公的記録や企業データをAIが照合すれば、能力と貢献度を一秒で算出できる。

企業が知りたいのは、記録にない問題が起きたとき、人間がどう動くかだった。

失敗履歴書には、少なくとも二件の失敗を記載する。

《挑戦内容》

《失敗の原因》

《他者への影響》

《失敗を認めるまでの時間》

《その後の修正》

《現在の行動への反映》

採用AIは、失敗の大きさではなく、失敗後の成長率を評価した。

転職希望者は、三十年間の職歴から、失敗事例を個人AIに検索させた。

最初に表示されたのは、新製品の試作だった。

彼は、量産性を十分に確認しないまま設計を進めた。

図面上では完成していた。

試作品も、一度は要求性能を満たした。

しかし、実際の設備では安定して作ることができなかった。

一回目の試作は中断。

条件を調整した二回目も失敗。

三回目も、同じ場所で不具合が出た。

会議室で、製造部門の責任者が言った。

「最初から現場に確認していれば、防げたはずです」

全員の視線が、彼に集まった。

何か言い返さなければならないと思った。

「設備の調整が不十分だった可能性もあります」

口から出たのは、謝罪ではなかった。

会議のあと、廊下を歩くのが怖かった。

すれ違う人が全員、自分の失敗を知っているように感じた。

食堂へ行く時間を遅らせた。

エレベーターに人が乗っていれば、一本見送った。

社員証をかざして会社へ入ることさえ、責められているように思えた。

透明人間になりたかった。

誰にも見られず、話しかけられず、昨日まで存在していなかったことにしてほしかった。

それでも、翌日も出社した。

設備の記録を調べた。

担当者の操作履歴を確認した。

自分の設計を見直す前に、他人の間違いを探した。

一回目は、設備を疑った。

二回目は、担当者の技量を疑った。

三回目に同じ場所で不具合が出て、ようやく自分の設計条件を疑った。

製造部門へ謝ったのは、一週間後だった。

「評価されやすい失敗履歴書を作成します」

個人AIが文章を表示した。

《私は新製品の試作において、技術的完成度を優先し、量産工程への配慮を欠きました。この経験から、初期段階から製造部門と連携する重要性を学びました》

きれいな文章だった。

事実関係に、間違いはない。

しかし、苦しかった一週間は、二行に整理されていた。

誰かと会うのが怖かったこと。

自分の設計より先に、他人の操作履歴を調べたこと。

謝罪の言葉を何度も練習したこと。

そのどれも残っていなかった。

二件目の失敗も、美しく変換された。

新人に仕事を任せ、結果だけを確認した。

ミスが起きると、本人の理解力が足りないと判断した。

新人が異動を希望して初めて、自分の教え方に問題があったと気づいた。

個人AIは、こうまとめた。

《相手の習熟度に合わせた教育の重要性を認識し、指導方法を改善しました》

間違ってはいない。

だが、正確でもなかった。

「書類選考の通過確率は?」

《87%です》

十分だった。

それでも彼は、提出ボタンを押せなかった。

「この文章は、私が失敗したときのことを書いていない」

《事実関係に誤りはありません》

「私は、そんなに早く学んでいない」

《最終的に得た学びを明確に示すことが推奨されています》

「途中で、人のせいにした」

《その情報を加えると、書類選考の通過確率は61%へ低下します》

彼は、AIが作った一件目の文章を消した。

自分で入力した。

《私は最初の失敗から、すぐには学びませんでした》

警告が表示された。

《成長性が不明確です》

彼は構わず続けた。

《一回目は設備のせいにし、二回目は担当者のせいにしました。三回目で、ようやく自分の設計を疑いました》

《失敗した直後は、誰にも会いたくありませんでした。透明人間になりたいと思いました。反省するより先に、自分を守る理由を探しました》

《現在も、問題が起きると、最初に他人の原因を探してしまいます》

《そのため、他人の作業を確認する前に、自分が何を判断し、何を見落とした可能性があるかを三つ書き出すことを、仕事上の決まりにしています》

通過確率は、42%まで下がった。

彼は、そのまま提出した。

翌週、面接の通知が届いた。

通知の隅には、小さく表示されていた。

《人間裁量枠》

面接室には、人間の採用担当者と採用AIがいた。

「あなたは、試作の失敗から何を学びましたか」

「自分の判断を疑うことです」

「その学びは、現在どの程度定着していますか」

彼は少し考えた。

「完全には定着していません」

採用AIの評価値が下がった。

「同じ失敗をする可能性があるということですか」

「あります」

「では、成長したとは言えないのではありませんか」

「以前は、自分の設計を疑うまで一週間かかりました」

彼は答えた。

「今は、他人の作業を確認する前に、自分の判断を三つ書き出します。それでも失敗を防げるとは限りません。ただ、自分を疑うまでの時間は短くなりました」

採用AIは、さらに質問した。

「同じ失敗を二度と繰り返さないと断言できますか」

「できません」

採用AIは低い評価を付けた。

面接後、人間の採用担当者は、過去に採用した社員の失敗履歴書を開いた。

全員が、失敗から学んでいた。

弱点を克服していた。

同じ過ちを二度と繰り返さないと書いていた。

そのうち何人かは、入社後に同じ失敗を繰り返していた。

採用担当者は、《採用》を押した。

採用AIが理由を求めた。

《この応募者は、成長を証明できていません》

「証明できないことを、証明したふりをしなかった」

《それは能力ではありません》

「失敗した人間が、すぐに正しくなれるとは限らない」

採用担当者は、提出された履歴書を見た。

AIが整えた失敗には、後悔も、言い訳も、逃げ出したかった時間も残っていない。

それは失敗の記録ではなかった。

成功した自分を説明するために、過去の失敗を使った文書だった。

入社初日。

新しい社員の情報には、それまで存在しなかった項目が追加された。

《未克服の失敗:一件》

社内で、その項目を持つ社員は一人だけだった。

失敗を評価する時代になっても、人間は、失敗を成功の形に直してから差し出した。

彼が提出したのは、まだ成功に変わっていない失敗だった。

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今回の地震で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。一日も早く穏やかな日常が戻ることを願っています。災害への備えについて書いた、こちらのエッセイもぜひお読みください。

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