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【おばあちゃんのベランダ】

牛頭町には小さいベランダが2階に二か所あった。
一つは、1階の玄関の上に張り出したように作られたベランダと、その反対側、家の裏側に所狭しと重なるご近所の屋根が見えるベランダだ。
どちらのベランダも、黒いL型アングルで組まれていて、頭上のアングル部に物干し竿がかけられるようになっていた。周囲三方は大人の腰位の高さの手摺子、床板はオフホワイトのデッキになってた。どちらのベランダも、デッキ板の間が1㎝程あいて下の道や屋根が見えていて、二階の窓から張り出した造りになっていた。

子供の頃は洗濯物を干したり、取り入れたりのお手伝いの際、デッキの隙間から下が見えるのをキャーキャー言いながら、何の躊躇もなくベランダに出ていた。が、物心がつくと、『このベランダは本当に大丈夫なのだろうか』とベランダに踏み出す際には自問自答する一瞬がいつもあった。
ある時、母が洗濯物を取り入れているのを手伝おうと、ベランダに出る際に、大人一人と、小学生の私の体重をこのベランダは支えられるのだろうか?とあまりの恐怖に、母に「私、いつもこのベランダ出るの怖いんやけど」と不安を口にすると、母は「私もいつも怖い」と言うのを聞き、ここで長年育ってきた母が恐怖を口にするのだから、私が怖いと思って当然だ。と、ある意味とてもスッキリした。

玄関上のベランダは、人一人が通るのがやっとの幅で、二人だとすれ違う時に前後になって尻と腹が当たるくらいのスペースだった。
たまにタオルが落ちて、下を通る通行人を驚かせた。
ある日、おばあちゃんが洗濯物を取り入れる際、白いタオルがおばあちゃんの手から離れ、ヒラヒラと落ちていった。私がタオルの行く先を手摺子の隙間から目で追っていると、ちょうどおっちゃんが歩いてきて、そのおっちゃんの目の前を横切り道路に着地した。驚いたおっちゃんは、まずはきょろきょろとあたりを見回してから、次にゆっくりと頭上を見上げてくる。と、見ている私と目があった。私が無言のままおっちゃんを見つめていると、「すみませんなぁ、そのままにしといてちょうだい、すぐ取りに降りますよって」とおばあちゃんがお詫びした。そんな時、苦笑いする人もいれば、ニッコリと笑顔を向ける人、「びっくりしましたわ!」と一言二言返す人、おばあちゃんが降りる迄待つ人、向かいの家の石柱にひっかけて行ってしまう人、様々だった。

裏のベランダの場合は、重なり合うような屋根の上に、何軒かのご近所さんのベランダも設置されているので、洗濯物を干す時や取り入れる時には、おばあちゃんはベランダ越しに「や~河野さん、おはようございます、今日も暑おすな~」とあいさつを交わし、おしゃべりをしたりしていた。
こちらのベランダで洗濯物を落とすと、屋根に落ちるのだが、そんな時、おばあちゃんは慣れた手つきで、ベランダに立て掛けている長い竿を取り出し、上手にさばいて落ちた洗濯物を引っかけて取った。
私がタオルを落とし、初めて長い竿による奪取に挑戦した時には、どうしても上手く引っ掛けられず、落ちたタオルはどんどん離れ、さらに風に煽られてしまった。
「あーーーーーーーどうしようおばあちゃん、向こういった、、もう絶対取られへん!」と悲壮な声を出すと、おばあちゃんは慣れたもので、「大丈夫、気にせんとき、あそこは東さんとこの屋根やな、あとで東さんとこのベランダに上がらせてもろて、取らせてもらうわ」と言った。

そんな恐怖のベランダはおばあちゃんの憩いの場でもあった。
おばあちゃんはお花がとにかく好きで、狭いベランダにはデッキ板を縁取るように、沢山の鉢植えが並べられていた。
「おばあちゃんな、買い物に行った帰りとか、珍しいお花見つけたら、ちょっとちぎってチリシ(ティッシュ)に包んで持って帰ってくるんやして。これは田中さんとこの塀から出てたのを、ちょっといただいたやつやわ。えらい可愛らしいやろぉ」と、目を細めて嬉しそうに話すおばあちゃんに、「え、そんな勝手に取ってきていいの?!」と、他人の家の花を少しであってもちぎって持ってきても大丈夫なのかという疑問を素直を問うと、おばあちゃんは少しいたずらっぽく笑いながら、コクリとうなずいた。そしてすぐさま「ほんまにちょっとやで、ちょっとチッと爪先程ちぎってくるんやし」と言う。「え、ほんまに?!え、それで芽が付くの?」と聞くと、「付くんやして!上のベランダのは、ほとんどそうやで。鹿沼土に挿してな、根がついてきたら植え替えちゃるんやし。お水あげたりお世話してたら、ほんまにびっくりするくらい可愛らしい珍しいお花が咲いたりしてな、楽しいで。」おばあちゃんは全く悪びれずに嬉しそうに笑っていた。

おばあちゃんは挿し木の名人だった。夕飯の買い物に出て、ご近所さんに会うと楽しそうに立ち話をして、帰ってくる途中の公園や、ご近所さんの軒先に珍しいお花があると、少しちぎって持って帰ってくる。なんと、それを挿し木してやると、芽をつけるのである。
それを聞いてからは、旅先で、かわった花を見つけると、小さく芽をちぎり、ティッシュに包むおばあちゃんを良く目にするようになった。それを見ているとおばあちゃんと目が合い、互いに目くばせしてニヤリとした。
ある日牛頭町に行くと、「はな子ちゃん、上のベランダ行ってきてみ、あのこの前のサボテンあったやろ、あのサボテンが可愛らしい花つけてるから見ちょいで。玄関の上のベランダの右の方にあるわ。まぁ珍しいで~」と、おばあちゃんが目を輝かせて言うので「見てくる!」とバタバタと二階への階段を駆けあがり、窓を開け、ベランダ用の草履を履いて、ベランダの右の方を探す。上からのぞき込むと、ちょうど目の真下、緑の山にトゲトゲ針のサボテンの中に可愛らしいピンクの花が咲いているのを見つけた。
『わぁ可愛い・・・』私はサボテンがこんなに可愛い花をつけるなんてその時初めて知った。

私はおばあちゃんのベランダで、沢山のお花を見せてもらった。
白いすずらんが風に揺れている様子、小さい蘭が次々と花開く様子。いつ見ても花達は嬉しそうに笑っているようだった。『あぁ、花達もおばあちゃんに愛されてるのがわかってるんやなぁ。このサボテンのお花ちゃんもそうやなぁ』

とふと、『このベランダにこれだけの鉢植えがあるってことは、このままベランダごと落ちたらどうしよう…何よりおばあちゃんが洗濯物を干す時とかに崩れ落ちないかな』と急に不安が顔を出した。

【おばあちゃんのしもやけ】|gentle_daphne389

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