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【SF小説】新・木漏れ日荘のアオイさん 第22回 新しい友達 後編

新しい友達 後編



【読了目安:8分】


木漏れ日荘の朝

玄関でベレーをかぶると、アオイは振り返った。
「じゃあ綾乃、出かけましょう」
いるはずの綾乃はいなかった。
不思議に思う間も無く、
「ああ、あのはい。待って」
カバンの蓋を閉めながら、バタバタと綾乃が
慌てて追ってきた。

玄関を出ると、綾乃は首をすくめた。
「寒い…」
コートに大きなマフラーをぐるぐる巻きにしても
丘の上の空気は身を切る冷たさだった。

青い空に風が吹いている。

同じくコートを着てるアオイに眼を向ける。
「あ、あ、あのう」
「なんですか、綾乃」
「ヒュ…ヒューマノイドって、寒いの?」
「センサに温度は感知できますが、感覚は
抑制できます。」

そうして、質問の意図を読み取ろうとした。

寒いかどうかではなく、人間と同じ格好を
していることだろうか?

「私は人間にできるだけ近くありたいと
思っています。それに」
「そ、それに?」
「体を冷却しすぎないことは重要です」

なんとなく、要領をえない顔の綾乃を見て
この女性を普通に話をするにはまだ情報が
相当足りないようだ、とアオイは判断した。

道端に霜が降りた道を駅まで並んで歩く。
小さな水たまりには、薄く氷がはっていた。

一緒に歩く道

初めて会った時は、泣いていた綾乃を
どうにか落ち着かせることで精一杯だったし
綾乃はあまり自分のことを喋らなかった。

「綾乃はどんな授業をとっていますか」
「あ、授業ですか。えと、あの、歴史学科で
中世ヨーロッパの歴史を少し」
「面白いですか?」
そう聞くと、綾乃は少し顔を赤くしてうなづいた。

「中世ヨーロッパに興味があるのですか?」
「元々、小説を読むのが好きで、よく舞台に
なっているので興味があったんです」
「なるほど。綾乃は小説が好きなんですね。
…私も本を読むのが好きです」

綾乃は驚いたようだった。
「ヒューマノイドって知識はなんでも
ネットに接続して調べるんじゃないんですか?」

アオイはかすかに微笑んだ。
「綾乃は本を読むのが好きでしょう?
私も本を読むのが好きなのです。
調べるのではなく、ページをめくって
少しずつ読み進めるのが好きです」

アオイがそういうと、綾乃は
「そ、そうだったんですか。
私知らなかったので、ごめんなさい」

アオイは軽くうなづいた。

駅に着いて電車を待つ間は
二人は喋らなかった。
綾乃の表情が、少しずつ曇っていくのを
アオイは観察していたが、何も言わなかった。

二人はミントシティ駅から、
大学まで街の中を歩いて行った。

カフェこもれび

「予想通り、あまりいい噂は聞かんの」
その日の夕方、街で噂を聞き込んできた
白石が達也に言った。

静かなジャズが流れる店内。
夕方の、客が少ない時間帯を
狙うあたりが白石は細かい。

「このアキラとやら、ジゴロ気取りで何人か
女を金蔓に使っておるらしいのう。」

白石の前には、綾乃からもらった
アキラの写真が入ったスマホがある。

外の風の音が、今日は一際大きい。

コーヒーを一口飲むと、カウンターの
向こうで達也もコーヒーに口をつける。

「やっぱり綾乃ちゃんだけじゃないんだね」
「らしい、の。取っ替え引っ替え、という
訳でもなさそうじゃ。ただ」
「ただ、なんだい」
「その中に綾乃は入っとらんのう」
達也が片方の眉をクイ、とあげる。
「どういうことだろ」

白石は天井を見上げた。
今綾乃はアオイと一緒にアパートに
行っている。

「どういうことかのう…元々そういう気がないか?」
「随分じゃけんにしていたみたいだし、
本命でも遊び相手でもないみたいだねえ」

白石がニヤリと達也を見る。
「遊び相手なら許せるわけかい」
「僕は真剣に遊ぶからね。ナンパは
暇をかこつ女性への礼儀だ」

ははは、と白石は笑い飛ばした。
「吐かせ、そのナンパの成功率を聞かせてみい」
「3割は固いね」
「やるやないか!3割バッターは強打者ぞ」
「だからこそ、さ。」

不意に真剣な目の色になった達也が続ける。
「女性を大事にしない奴は嫌いだ」

綾乃のアパート

アオイは綾乃が荷造りする間、
物珍しそうに本棚を眺めたり、外の様子を
見たりしていた。

大学に近い、古びたアパートだ。

綾乃に聞いたところでは、アキラは
それほど頻繁には来ないので
その間に身の回りのものを取りにきたのだ。

洗面台に並んだ化粧道具を珍しそうに
アオイは聞いてみた。

「綾乃、これたくさんありますが
どうやって使いますか?」
「え!?。あの普通です…けど。
アオイちゃんは化粧しないんですか?」
「私の顔も皮膚も人間のとは違います。
お化粧はしていません」

アオイがそういうと、なぜか
綾乃は大層ショックを受けたようだった。

「綾乃は可愛らしいですから、お化粧が
似合っていますよ」
「そ、そんなこと、ないです」
わちゃわちゃと手を振って否定する綾乃が
アオイには物珍しかった。
可愛いという感情はこれかもしれない。

「さ、準備ができたら行きましょう」
そういうと、二人はアパートを出た。
新聞はとっていないというので
ガスや電気を確認し、鍵だけ閉めればいい。

綾乃を残して、アオイは先に出た。
目を瞑り周囲の防犯カメラをハックする。
「…大丈夫ですよ。行きましょう」
そう、不安そうな綾乃に声をかけた。

談話室

その夜。
木漏れ日荘では、ささやかな
歓迎会が開かれた。

料理には綾乃も参加した。
いつも通り、柚葉や柳も一緒だ。

アオイが見た限り、綾乃の料理は
それなりに手際も良く、手慣れていた。

「それでは、新しい仲間を紹介します。」
「兄い、もう短くな」
「うるさいのう。えーと、では。
木漏れ日荘でしばらく暮らす成田綾乃さん。
では一言どうぞ」

「成田です。あの、しばらくお邪魔します」

そう言ってぺこりと頭を下げる綾乃に
柚葉が声をかける。

「まあ、気楽にしたらいいよ。あたしは今井柚葉。
見ての通り、気楽な独り者のばばあだよ。
俳句の先生やってるが、まあ暇人さね」

「ワシが柳十蔵じゃ。この近所で柔術の
先生をやっておる。ここに暮らして
かれこれ何年になるかの」

「ご老体はジュラ紀ぐらいからここにいるでしょう」
「うっさいわ。わしゃ恐竜か!」

その後を受けて、達也が喋り出す。
「細野達也です。ここのカフェで働いてます。
分け隔てなく女性には優しくする主義です」

白石が隣の綾乃にそっと囁く。
「つまりナンパが趣味じゃけえ。気ぃつけんさい」
「白石、一言多いよ」
「たっちゃん、自分で言うたくせに」

そう言うと、白石が引き取った。
「ここには住んでおらんけど、よう
出入りさせてもろとります。
港でいろいろサービスやっとる白石いうもんです」
そういうと、大きな体をぺこりと折り曲げて
挨拶してみせる。

見た目怖い顔だが、笑うと剽軽だった。

「そいで、こっちのちっこい兄いが」
「ちっこい兄いって、ワシが嫌な奴見たいじゃろがい」
そういうと白石を1発シバいてシンイチが
最後に挨拶した。

「この木漏れ日荘のオーナーの佐藤真一です。
綾乃さん、まずは傷ついたあんたを
ここで預かります。好きに暮らしてください」

ここで、アオイが給仕役で料理と飲み物を
運んできた。

「あ、アオイちゃん、ありがとう」

「私は食事をしないのでごゆっくり」
そう言うアオイをシンイチが引き止める。
「そう言わんと、今更じゃが、まふ、アオイ
えーと、歓迎の挨拶ぐらいしんさい」

メイド姿のアオイは2秒考えて
「さとうアオイです。仲良くしましょう」
とだけいうと、カーツィーをした。

内心、今更友達に自己紹介はないと
思ってはいたのだが、公式行事に
水をさすのも気が引けた。

さあさあ、と柚葉は皿に料理を
取り分ける。

ちらし寿司、清汁、エビフライは綾乃が揚げた。
他にもサラダや唐揚げもあった。

ひとしきり、食事の間、話が進む。

綾乃も落ち着いて、自分のことを話した。
アオイは、さりげなく綾乃のそばにいた。

スーパー 田中屋

翌日。
アオイは綾乃のアルバイト先に
面接を受けに行った。

心配そうに結果を気にする綾乃に
アオイはわざと無表情を決め込んで
「どうだった?」と聞かれて初めて
ニヤリ、とするとOKを作った。
「もちろん合格です。これで行き帰りも
一緒に行動できますよ」

地元では有名なスーパーで
綾乃はレジ打ちのアルバイトをしていた。
時給は普通だが、人見知りで、酒も弱い
綾乃に水商売は無理な相談で
アキラに稼ぎが少ないことも責められていた。

綾乃は一生懸命だった。
お客への対応も丁寧なので
彼女のレジには大勢並ぶ。

自分もレジを捌きながら
アオイは綾乃の背中を見て
もう少し自信を持てばいいのに、
と思った。

その自信を取り戻す手伝いが
木漏れ日荘であり、私が
綾乃にできることだな、と
夜遅く、帰り道で一緒に歩きながら
思ったことだった。

しんと冷え込む夜の空気の中、
並んで歩く綾乃の息は白い。

その横顔をそっと見て
アオイのどこかで、新たなプログラムが
目覚め始めたようだった。

風に髪のように見えるセンサー群が
乱れる。

木漏れ日荘は、新たな住人を迎えた。

今までのお話

こちらスピンオフ


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