【第1話】「余命6ヶ月」から始まった、僕の長い夏
いつもと同じの夏のはずが、
突然「余命6ヶ月」の宣告。
妻のがんと父の介護、二つの現実に挟まれ、
僕の暮らしは一変していった──。
いつもの夏と、同じように過ぎていくはずだったのに…。
何気ない夏の終わり──
そんな風に思っていたある日、
妻・遥(はるか)の主治医から
「大切な話がある」と
呼び出された。
診察室で見せられたのは、
遥(はるか)の胸部のレントゲン写真。
それを指差しながら、
医者はあまりにも軽い口調で言った。
「乳がんのステージ4。余命は、6ヶ月です。」
あまりにも無造作な告知に、
僕の思考は止まった。
きっとこの医者は、これまで何度も
がんの告知をしてきたのだろう。
けれど、いくら慣れていたとしても、
あんなふうに軽々しく言えるものだろうか?
「言いにくいのですが…」といった
前置きもない。
遥(はるか)も「何かの間違いでは」と
問うことすらしない。
ショックを受けたそぶりも見せず、
笑みをうかべているようにさえ見える。
その重苦しい話は、静かに進んでいくのだが、
僕の胸は締め付けられ、理性が追いつかない。
──そんな馬鹿な。
──そんなはずがない。
頭の中で、否定の言葉だけが
リフレインしていた。
◇ ◇ ◇
僕は、東北地方の小さな街で、
とある企業の営業職として働いていた。
日々の生活と妻の病気が、
これからどんな形で交差していくのか──
その時の僕には、まだ想像もつかなかった。
◇ ◇ ◇
その2日後、遥(はるか)は
入院することになった。
治療方針はこうだった。
発見が遅かったため手術はできない。
化学療法によってがんの進行を抑え、
薬剤を投与していく。
薬が効かなくなれば、
別の薬に切り替える──そんな方向性だった。
入院は、副作用(発熱や嘔吐など)の
経過観察のため数日のみ。
そして予定通り、3日後に退院。
以後は通院での治療が始まった。
遥(はるか)は
長年勤めていたパートの仕事を辞めた。
急に日々がせわしなくなり、
そして秋の訪れとともに、
どこか寂しさが増していった。
一方で──
82歳を過ぎた父は、
春先から少し体調を崩し始めていた。
桜が咲く頃、息子と3人で
少し無理をして遠出した。
その時すでに父の足腰は弱り、
何度か僕が「おんぶ」をする場面もあった。
夏になると、少しずつ認知症のような
兆しも見え始め、その症状は
思った以上のスピードで進み、
やがて要介護認定を受けることになった。
遥(はるか)は、かつて5年間、
特別養護老人ホームに勤めていた
介護職のプロだった。
だから、これから両親に
必要になるであろう介護は、
どこかで「遥(はるか)がいてくれるから
大丈夫」と思っていた。
しかし、現実は大きく変わった。
ステージ4の乳がんで余命半年と宣告され、
その直後、父も介護が必要な状態になった。
母も高齢で、
自分のことと簡単な家事をこなすのがやっと。
とても父の介護までは担えない。
両親はすぐ隣に暮らしていたが、
父母に代わって、週に一度、買い出しのメモと
お金を預かってスーパーへ行くのが
僕の役割になっていた。
そして、夏を境に僕の生活は一変した。
僕の時間は、
仕事と父の介護がほぼすべてになった。
朝食を終えると、すぐに父の身支度を整え、
デイサービスの送り出しをする。
仕事を終えて、夕飯を終えたあとも
そこからまた父の介助が待っていた。
遥(はるか)は週に一度、
抗がん剤治療のため病院に通った。
アルコール成分の入った薬を投与されたあとは、
病院で夕方まで休み、
夕暮れ時に帰宅するのが日課になった。
薬が効いていた間は、
体調のいい日もあり、
家事の多くを妻が引き受けてくれていた。
それが、どれほど有り難いことだったか、
この時の僕は、まだ気づいていなかった
かもしれない。
こうして、日々の暮らしは静かに、
けれど確かに変化を余儀なくされていった。
遥(はるか)は、
「あなたのご両親には、がんと余命のことを伝えてもいい」と言ってくれた。
けれど──
「子どもたちには、言わないでほしい」
そう僕にだけ、しっかりと釘を刺した。
そのとき、僕たちにはふたり子供がいた。
高校1年の娘と、社会人1年目の息子だ。
ようやくそれぞれの道を
歩み始めたばかりだった。
遥(はるか)は彼らの時間を
奪いたくなかったのだろう。
その言葉を聞いて、僕の中にも葛藤が生まれた。
けれど、彼女の気持ちもわかる。
そして何より、彼女の意志を尊重したかった。
だから僕は、
ふたりの子どもに真実を告げないまま、
日常を装って、時間を過ごすことにした。
表向きは、
何も変わっていないように見える日々。
でもその裏側では、
確実に何かが変わり始めていた。
【まとめ】
・妻が「乳がんステージ4・余命6ヶ月」と告知される
・その直後、父の体調悪化と介護が始まる
・子どもたちには病状を伏せることを決断
・日常を装いながらも、裏側では大きな変化が進んでいた
最後まで
お読みいただきありがとうございます。
この続編【余命 第2話】で、
ますます僕は追い詰められていきます。
どこまでも堕ちていくその姿を、
ぜひお読みください。
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