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【余命 第2話】家族を守っていたはずの僕が、自分を見失った日──「人生をリセットしたい」と口にした理由

妻・遥(はるか)の闘病と父の介護、職場での孤立。心はすり減り、「人生をリセットしたい」と口にした僕。すべてから逃げたいと願った、その日々を振り返ります。

遥(はるか)は、規則的に通院を続けていた。

息子と娘には、まだ、
がんのことは伝えていない。

ふたりに何と説明したのか
よく覚えていないが、
乳がん以外の軽い病気で通院している、
とでも言ったのだと思う。

幸い、薬が「がんのタイプ」に合っていて、
想像以上に効いてくれた。

最初の頃こそ薬の副作用で
横になることもあったが、
次第に体調の良い日が増えていった。
家事の多くは、以前と変わらず
妻が担ってくれていた。

父の介護は始まっていたものの
家の中は「余命6ヶ月」と言われたとは
思えない、平穏な時間が流れていた。
子どもたちは、無邪気なままだったし、
妻も表面的には告知前とさほど変わらない。

けれど、僕だけは違っていた。

心の中では、
未来に対する漠然とした不安と
喪失のイメージが、
絶え間なく渦巻いていた。

何をしていても落ち着かず、
常に背中がザワザワとする感覚あった。

◇ ◇ ◇

実は、仕事も
数年前からうまくいっていなかった。

会社の中では、
僕には明確な仕事が与えられず、
別部署の雑務を請け負うような、
宙ぶらりんな立場に置かれていた。

何度か「このままでいいのか」と
上司に相談したが、
返ってくるのはいつも曖昧な返事ばかり。

「しばらくはこのままの状態が続くと思う」と
言われ、年齢的に働き盛りとはいえ、
仕事の未来に希望は見えなかった。

気づけば、
生きていくすべてのことが、
焦りと虚しさでいっぱいになっていた。

実は、遥(はるか)のがん告知と
父の介護が始まる前から
すでに、
僕は診療内科に通っていたのだ。

ただでさえ、自分のことだけで辛い時に、
さらに大きな問題が
さらにふたつも同時に増えてしまった。

生活は完全に「やるべきこと」で
埋め尽くされ、楽しみのカケラすらない。
自分の感情や希望は
どこかへ消えていった。

平日は、終了時間を待つだけのような仕事……。
本当に打ち込める仕事がなく、
手持ち無沙汰というのは、
「針のむしろ」のように辛かった。

冷静に考えれば、職場の配慮不足と
いまの自分なら判断できる。
それなのに、自分のことばかり
責めてしまっていた。

そして、帰宅して食事を済ませれば、
すぐに父の介助。
朝になれば、また介護の準備から始まる。
休日も、父の介護と
両親の買い出しに追われ、
自分のゆとりは皆無だった。

ゆくゆく何に対しても興味が湧かなくなり、
休日は、次第に布団の中で
ただ時間をやり過ごすことが増えていった。

本音を言えば、僕はとても弱かった。
現実から逃げ出してしまいたかった。
すべてを放り出して、
どこか遠くへ行ってしまいたかった。

ある日、診療内科の先生に思い切って言った。

「人生をリセットしたいです」――と。

すると先生は、少し強い口調でこう言った。

「そんなこと、できるわけがないだろう!」

僕は言葉に詰まり、その日を最後に
そのクリニックへ通うのをやめた。

診療内科を出た帰り道、
僕は「見捨てられた」と感じていた。

誰にも必要とされていない。
自分は虫けらのような存在なんだ。

そんな言葉が、頭の中を
何度も何度も回っていた。


その頃の食事は、
まるで砂を噛んでいるかのようだった。

ただ咀嚼して、飲み込むだけ。
それでも一応口に運ぶのは、
生きている証のような気がしたから
かもしれない。

今思えば――
人は本当に心が折れると、
味覚までも失ってしまうのだと知った。

隣の部屋からは、
遥(はるか)と子供たちの笑い声が聞こえていた。
その声が、あまりに楽しげで、
あまりに遠く感じられた。

まるで、自分だけが
別の世界に取り残されているような、
そんな感覚。

「僕は……どうなってしまったんだろう」

その答えが見つからないまま、
心の底で、ひとつの願いが芽生えていた。

ただ、すべてから解放されたい。
苦しみも、責任も、孤独も、不安も、
なにもかも手放したかった。

気がつけば、
頭の中には川の流れが浮かんでいた。

あの近くの川。
穏やかで静かで、誰もいない場所。

もし、そこに足を踏み入れ命を絶ったら――
このつらさから、逃れられるだろうか。

もう本当に、
この世から消滅してしまいたい。
考えることは、それだけになっていった。

【まとめ】
・妻の病は家族に隠され、平穏に見える日常が続いた
・職場では宙ぶらりんの立場に置かれ、希望を失った
・介護と仕事に追われ、自分の感情が消えていった
・心は折れ、診療内科で「人生をリセットしたい」と漏らした
・すべてから解放されたい願望が、次第に強くなっていった


最後まで
お読みいただきありがとうございます。

この続編【余命 第3話】では、
さらに、思いがけない展開が待っていました。
ぜひお読みください。


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澪(みお)│人生探究家│📖note実験室|フォロバ100% この記事が、あなたの心にちょっとでも寄り添えたなら、サポートしていただけると、とても励みになります。 いただいたチップは、これからの執筆活動と、同じように悩む誰かへの物語づくりに大切に使わせていただきます。