2025年の振り返り
皆さんにとって、2025年はどんな1年でしたか?
私にとっては怒涛の一年でした。でも、一人の人間として、そして1HRパートナーとして、最後の最後まで「HRパートナーとしてのあり方」や「自分自身のあり方」について考え抜いた、最高に濃い1年でした。(去年も言ってた。)
どんな2025年を駆け抜け、どんな「景色」を見ることができたのか。そしてこれから向き合わなければならないコトの記録を、率直に振り返りたいと思います。(完全に自分のためのアウトプットです。長いです。)
1. ちょっとだけドヤります!数字で見る2025年の「ミネナホ」
本題の真面目な振り返りに入る前に、まずは、この1年頑張ったことをドヤらせてください!!!(笑)。(完全に個人の自己満足でアウトプットしています!)
なぜなら、これらは単なる数字ではなく、かつて自分に自信が持てなかった私が、必死にもがいて手に入れた「自分自身の証明」だからです!
ウェビナー・イベント登壇:計8本(平均満足度 8.7以上!)
特に3月のOffers様との共催ウェビナーは、私の社会人人生における大きな転機となりました。 この時つけていただいた「スカウトオタク」という名称は、今や私の代名詞です。

https://offers.jp/events/seminar_45
AIが生成したスカウト文をその場で人間がレビューするという、ライブ感たっぷりの挑戦的なコンテンツ。
これまでのポテンシャライトのウェビナーは、どこか「高貴で洗練されたもの」というイメージがありました。もちろんクオリティは大事ですが、私は「参加者が決して眠くならず、思わずのめり込んでしまう体験」を作りたかった。
だから、自分らしいスタイルを貫きました。
ピンクの髪の女が、画面の前でニコニコと、時には爆笑しながら進行する。これはポテンシャライトの歴史においても、極めて異例な光景だったはずです。でも、結果として非常に高い満足度をいただくことができ、アンケートの結果でも「登壇者の方がとても楽しそうに講演していたのがとてもよかった」ととても嬉しいコメントをいただけました。
このウェビナー登壇から、Offersさんとは合計4回の共催ウェビナーを実施させてもらいました。

流石にこの経験は大きな自信になりました。
きっかけを作ってくれたOffersの鈴木さんには大感謝です。そして、何度もロープレや資料確認に付き合っていただいた山根さん、寳田さん、そして企画担当してくれた森田さんにも大感謝です。(個人ブログなので、pote内の人も継承つけさせてください)
▼2025年 ウェビナー満足度実績(10点満点)
1. 3/19開催: Offersさん共催(初登壇!) … 8.7
2. 7/30開催: Offersさん共催 … 8.7
3. 9/4開催: 寳田さん共催 … 8.5
4. 9/18開催: Offersさん共催 … 8.9
5. 9/24開催: 対面 寳田さん共催 … 9.1
6. 11/21開催: Offersさん共催 … 8.2
7. 11/21開催:Pote AI Labコミュニティもくもく会…10
8. 12/4開催: 対面 単独(初単独イベント!) … 9.2
ポテンシャライトの山根さんや寳田さんといった、影響力の高い、さらに信頼と実績を積み上げてきた方々の中に、新しく「ミネナホ」という存在を仲間入りさせることができたのではないか。そう自負できるほど、大きな一歩を刻めた1年でした。
怒涛のブログ執筆:今日を含めると61本、年末まで入れると65本!
アウトプットの量も、自分でも驚くほど積み上がりました。
- Pote AI Lab 18本
- ディープテック 11本
- ゼロイチブログ 6本
- マンガ×組織論 21本
- その他系 4本
- 年末執筆予定 5本
特に5月からスタートした「マンガ×組織論」は、私のアプローチが形になった瞬間でした。 山根さんの組織論は本質的で是非みなさんに読んでいただきたいのですが、かなり文章量が多いことから「全部読むのはハードルが高い」と感じる方もいるかもしれません。
そこを、誰もが親しめる「マンガ」という誰もがわかるコンテンツを入り口として、そこから興味を持ってもらう。そして山根さんのブログも気になるなって読んでいただけたら嬉しいなと。そんな思いから始まった企画でした。
5〜6月はまさに鬼のように執筆しまくっていました。完全にハマってしまったんです。(笑)
営業日換算で1日1本ペースという異常なスピードでした。
これを支えてくれたのは、「毎回確認しなくていいから、思ったことをどんどん出しなさい」という山根さんの信頼でした。信頼を力に変え、自律して走り続ける重要性を、身をもって体感した期間でした。
あとやはりAIの存在は大きいです。
実を言うと私、学生時代は現代文でギリギリ赤点を取るか取らないか?!というほど、国語が本当に苦手なタイプでした。何が苦手かというと、相手の気持ちを読み取れないわけではなく、とにかく「文法」などの整理する部分。 そんな私の答案用紙を見て、先生がよく言ってくれたのは、「ミネ、お前の熱い気持ちだけは届いたぞ。」 という言葉でした(笑)。
今の私のブログ執筆スタイルは、自分の中で溢れる想いをまず『Aqua Voice』という音声認識サービスでバーっと吐き出し、それをAIに整えてもらうというものです。こうすることで、私の苦手な文法はAIに補ってもらいながら、私自身の「熱い想い」は薄めることなく文章に載せることができるようになりました。
こちらでも『Aqur Voice』を紹介しています👇
AIが「考える前の準備」や「作業」を担ってくれる時代だからこそ 、人間に残されるのは、その言葉にどれだけの「意図」や「想い」をどれだけ込められるかという一点に尽きると思うんです。(文章を書く、という点についてですが。)
「熱い想いを込めるのは人間の役割であり、それを美しく整えるのがAIの役割である」
AIが多くの業務を代替できる時代になったからこそ 、私が最後の一押しとして突き詰められたのは、結局のところ「この熱い想い」だったのだと確信しています。
AIよ、2025年も支えてくれて本当にありがとう!君がいなければ、この50本を超えるブログも、今の私の自信も存在しなかったよ!
そんなこんなで、SNS強化も功を奏して拡散力も増え、今ではイベント会場で「いつもSNS見てます!」「お会いしてみたかったんです!」なんて言っていただけるほどの、最強の「名刺代わり」になりました。恐れ多いですが、本当に嬉しいです!
2. メンターとしての未熟さと、彼らからもらった「OSのアップデート」
一方で、ウェビナーや執筆といった「個」の活動の裏側で、私を人間として一番成長させてくれたのは、当時メンティーだったメンバーとの時間でした。メンバーには本当に、心から感謝しています。
ですが正直に言うと、当時の私は、お世辞にもうまい指導者ではありませんでした。
コンプレックスからくる「自信のなさ」の伝播
特に悩んだのは、コンプレックスの塊からスタートした自分だからこそ、どうしても持てない「自信」でした。
サブリーダーである私が自信を持てずにいる。その迷いや不安は、隠しているつもりでも周囲に伝播していたと思います。
自分の「在り方」そのものに激しく葛藤しましたし、「真剣勝負の対話」や「価値観の統合」など、メンバーとは何度も本音でぶつかり合いました。
今では彼女彼らの存在は、私を本当に支えてくれています。私が辛い時、こっそりメッセージをくれるんです。ともに本気でぶつかり合ったからこその信頼関係を築くことができたんだろうなって思うととても胸が熱いです。
部下からもらった「OSのアップデート」
ここでは詳細は割愛しますが、そんな激動の日々の中で私が学んだのは、「発達は部下からもらうもの」ということです。
自分が「こうだよ」と伝えたことに対して、「それってどういうことですか?」と、私の枠組みの外側から質問が飛んでくる。その問いに答えられず、困り果て、考え抜く過程で、私の思考は拡張されていきました。
ただの業務の質問ならまだ良いんです。
その中でも、衝突する瞬間が一番しんどいとき。
普通なら、逃げ出したくなるような場面ばかりです。 力でねじ伏せることも、担当を変えてしまうことも、あるいは向き合うこと自体をやめてしまうこともできたかもしれません。
でも、私は「向き合い続けること」を選びました。
自己変容のステップにおいて、最も苦しく、そして最も大切なのは、この居心地の悪い葛藤の中に「とどまる」ことです 。
逃げずに泥臭く対話を続けること。綺麗事だけではないこのプロセスこそが、人間を一番成長させてくれるのだと、身をもって知ることができました。
人間としての「OS」をアップデートできたのは、間違いなく彼らの存在があったからです。ぶつかり合いながらも私を「メンター」にしてくれた彼らには、感謝しかありません。
「私の出方」が、メンティーの独り立ちを阻んでいた
まだまだ学んだことはたくさんありますが、その中でも印象的なものがあります。
「私のバリューも発揮したい」
「でもメンバーも成長してほしい」
「何より、Potentialightとしてのクオリティは絶対に落としたくない」
この3つを天秤にかけた結果、私はついつい、メンティー主体の打ち合わせで「補足」として自分が出てしまうことが多くありました。
でも、それは結果として、彼らの自律を私が無意識に奪ってしまう『過保護』な構造を作っていたのだと気づきました。
また、私が出ることで、お客様の中に「困ったら最後はミネさんが出てくる」という安心感=後ろ盾を作ってしまっていたんです。 私が強い後ろ盾で居続ける限り、お客様からの信頼が後輩個人に100%注がれることはありません。
「メンティーの独り立ちをさせていなかったのは、メンターである私自身だった」
その事実に気づいたとき、本当の意味で「手放す」ことの難しさと重要性を痛感しました。どこまで見守り、どこで口を挟まずに任せ切るのか。これは今でも私の大きな課題です。
山根さんからもらった「仕事の向き合い方のアップデート」という考え方
キャパも思考も限界に達しそうになり、「なんでこんなにうまくいかないんだろう」と落ち込んでいた時、代表の山根さんから言われた言葉に、私は首がもげるほど納得しました。
タスクには心がないから、一つの事象に正しく向き合えば解決できる。でも、マネジメントの対象は『心を持った人間』だ。仕事と同じ向き合い方をしていたら、絶対に行き詰まる。 さらに、リーダーや経営者の視点に立てば、対象は一人ではなく複数になる。一人ひとりの心に向き合いながら、組織という全体を動かす。この難しさは、次元の違う複雑さである。 だから、ミネがぶち当たっている問題は必然であって、ミネのスキルや向き合い方が悪いわけじゃない。それを問い続けることが大事である。」
この言葉に、どれほど救われたか分かりません。
複雑な現実の中で、どう自分を保ち、信念を持って進むのか。2025年はそのための猛特訓をさせてもらった1年でした。
3. プライベートでは….約10年続けた「飲み屋のねーちゃん」を、一旦卒業しました。
プライベートでも、人生最大の決断をしました。
色々きっかけはありましたが(これを話すと長くなる。)4月までゴールデン街の副業(店子)を思い切って辞め、ポテンシャライト一本に集中することに決めたんです。
正直、めちゃくちゃ寂しかったです。また、飲み屋のねーちゃんは約10年続けていたので、そもそも飲み屋に関わらないことに対して、人生最大の決断でした。
関わる人も一気に少なくなりましたし、何より店子を続けることは私の「プライド」でもありました。
でも、体力的にも思考のキャパ的にも、もう限界でした。飲み屋に来てくれているお客様へ、いつもの「元気なミネちゃん」をできていない自分に、薄々気づいていたんです。
「自分の芝を、自分の手で青くする」
そう決めて店子を手放したからこそ、その後の顧客支援やブログ執筆、イベント登壇への集中力は凄まじかったなと思います。
もちろん何かを手放すと、失うものもありますが得られるものも大きいです。この27歳という貴重な社会人生活の中で、なかなか得られない機会をたくさん得ることができました。
4. Semi Potentialighterをいただいたこと
そんな1年でしたが、今年の上半期(2025年4月~9月半年間)のMVPとして「Semi Potentialighter」に選出していただきました。なんと、2年連続!とても光栄で、とても嬉しいです。

ただ、本命だった「Top of Potentialighter」の選出は今回もなく、この「Top of Potentialighter」の壁は本当に高い…。
現在、Top of Potentialighterを最後に取ったのは執行役員の寳田さん。あのレベルのインパクトを超える結果を出さないと届かない場所なんだと思うと….、燃えますね。
5. 自分自身が目を背けてきたこと
ただですね。忘れてはいけないことがあります。
怒涛の実績を積み上げ、自分でも「少しは成長できたかな」と自信がついてきた2025年の締めくくり。
私は、人生で最も痛い「そろそろ現実に向き合えよ」という現実に向き合う事象がありました。
ポテンシャライトでは3ヶ月に1回、顧客満足度アンケートを実施しています。この1年間はありがたいことに高い評価をいただけることが多く、嬉しい反面、どこか本当にこのままで良いのかというなんとも言えない不安は感じていました。
そして、今回12月に回収したアンケートの中で、私の胸に深く、そして鋭く刺さるFBをいただきました。自分でもなんとなく、無意識的にわかっていました。ずっと触れたくなかった、けれど一番向き合わなければならない本質的な現実と対峙するときが来たんだ、と思いました。
「VUCA」という言葉を言い訳に逃げていたこと
私は「まずはやってみよう!」という行動量が武器のタイプです。
ウェビナーの登壇や、noteの執筆、そして強みであるスカウトの1to1文章も、「やってみよう」から始まり、いつの間にかオタク並みに突き詰め、結果を出すまでやり続ける。
これまでは、お客様の支援も、その「高速の実行サイクルとオタク級の追求力」によって、お客様に成果と満足を届けてこれたと思っています。
しかし、プロのコンサルタントとして、その先を目指さなければなりません。 VUCAの時代、お客様のニーズは「不確実な中だからこそ、確かな戦略を共に描き、導くこと」。私は、自身の得意な「実行力」と「追求力」という武器に頼りすぎていたなと大反省でした。
そして、なぜ私は「Semi」だったのか、その答え合わせをさせてもらった感覚もありました。この痛みは、私にとって「いい加減、本物になれよ」というメッセージだと思いました。
早速、この自分の足りない点を具体的に振り返りました。一朝一夕で改善できるものではないかもしれませんが、愚直に、そして諦めずに向き合い続けます。
6. これから私が乗り越えていくべきこと
先ほどの話ももちろん2026年の課題ですが、もう1つ、乗り越えるべきことがあります。
現在、私は代表の山根さんがメインで行っていた「採用ブランディング」を引き継いでいます。 満足してくださる企業様が増えてきた一方で、山根さんのプロジェクトに同席するたび、圧倒的な実力差に打ちのめされます。視覚化する力、視座の高さ、思考の深さ。
経験値の差を考えれば、悔しいと思うこと自体おこがましいかもしれません。 でも、サービスを提供しているプロである以上、一刻も早く山根さんを超えなければならない。
私の採用ブランディングで、お客様から「満足度10点」を当たり前にいただけるようになること。これが、2026年の避けては通れないテーマです。
なので、年末の宿題として、山根さんと自分のブランディングのアウトプットの違いを徹底的に振り返ります。山根さん、見ててくださいね!
2025年、10年続けた居場所を手放し、全てをポテンシャライトに捧げました。 怒涛のアウトプットを続け、憧れていたウェビナーの舞台にも立ちました。
でも、ここからが本当のスタートです。おそらく、2026年は私にとって乗り越えなければならない壁がたくさん訪れそうな予感です。
「自分を守るための『補いの声』」を脱ぎ捨て 、本心の声で、そしてプロとしての確かな戦略を持って、顧客と対話していく。
「山根さんの弟子」ではなく、一人のプロフェッショナルとして。
2026年、私はまた泥臭く、自分自身の足で立つために駆け抜けます。

2025年、本当にお世話になりました。 2026年も、よろしくお願いしまぁぁぁすっ!!
(まだ残り4日、アウトプットしますが。)
