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居眠り猫と主治医 ⑳おまじないキス 連載恋愛小説

「お、来た来た。ひさしぶりー」
 里佳子とハイタッチを交わしたのは、矢田あゆむ。小鳥会唯一の男子会員だ。
「新作アップしたんで見てください。文乃さんも」
 歩のセキセイインコはおしゃべりが達者で、ちまたでは有名鳥だった。文章がちゃんと成り立っていて、超高速早口。とにかく愛くるしい。
 3人でキャッキャしていると、だれかに呼ばれた。

「守屋さん、ちょっといいですか」
 にっこりよそゆき顔の祐に、文乃は寒気を覚える。
 ボートショップの建物の陰に連れていかれたかと思うと、彼はこれでもかと顔を近づけ、その姿勢をキープする。
「な、なに?」
「さっき、この距離だった。矢田と」
 動画を観ていたんだから、不自然ではない。
「警戒しろって言ってんの」
「はあ……」
 彼氏みたいなことを言うんだなと思ったが、おこがましいので口にしなかった。

「そんなことより、どうしよう……! もうすぐ出航だって。ヤバイです」
「うん、ヤバイな」
 うわずった声の文乃を、祐は静かに見下ろす。
 船酔いに強い人の特徴を調べたら、体幹、平衡感覚、運動神経と、およそ文乃には縁遠いワードが並んでいて絶望した。絶対行かないと駄々をこねてみたが、敵にことごとくスルーされ、今ここにいる。

 ドルフィンツアーにばかり気をとられ、小笠原へたどり着くこと自体が船旅だと失念していた。しかも、所要時間24時間。
 消化の良い食事やたっぷりの睡眠など、文乃にとってはハードすぎる対策を講じ、体調を整えた。
 横揺れ防止装置はダテではなかったのか、はたまた運が良かっただけなのか。行きは波が穏やかでフェリーの安定感もあってか、なんともなくて肩透かしを食らった。
 しかし、本番は不安しかない。
 なにせ船の規模がちがう。ちっぽけな葉っぱのごとく、揺れまくるにちがいない。

 階段に腰を下ろし、空と海が溶けあう彼方に視線を投げる。深呼吸すると、潮の香りを強く感じた。
 酔うんじゃないか吐くんじゃないか戦々恐々としていると、現実にそうなることがあるらしい。逆の暗示を自分にかければいいと、祐は教えてくれた。
「今日、守屋文乃は船酔いしないし、イルカに会える。ハイ、復唱」
 あえてゆっくりと、はっきり発音して脳に覚え込ませる。

「夏目祐とキスすると、すべてうまくいく」
 素直にリピートしそうになって、一時停止する。
「なにそれ。新手の詐欺みたい」
「ハイ、実践」
 笑いながら唇を重ねたら、すうっと心が軽くなった。
 結果的に船酔いはせずに済んだが、真の功労者は、売れ筋の酔い止め薬だった気がしないでもない。

(つづく)

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