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居眠り猫と主治医 ①不養生猫 |全33話 目次 リンク有 恋愛小説

あらすじ

愛鳥のかかりつけ医を求め、動物病院ジプシーぎみの守屋文乃ふみの。動物の扱いが異様に上手い、すわゴッドハンドかという獣医師、夏目祐にたどりつく。

家庭環境の影響から自己肯定感が低めの彼女は、クリニック患者たち(飼い主)との交流会が、安らぎの場になっていく。
体内時計が乱れがちで、とくに食事がおざなりになっている文乃は、オカン並みの料理の腕前を持つ祐に胃袋をつかまれる。

彼のそばにいると、なぜか安心してぐっすりと眠れるのだが…
とある理由で、親密になればなるほど文乃は追い詰められていくのだった。

⒈不養生猫

「夏目先生って、腹黒だったんだ」
 数センチ開いた車の窓から顔をのぞかせた文乃ふみのに、夏目ゆうは目をしばたたく。
 ガチで寝入っていたらしく、動作が緩慢かんまんだ。
「……どういう意味?」

 追加の食材を調達すると称してバーベキュー会場から離れたきり、彼は戻ってこなかった。見たところ、スーパーに寄った形跡もない。
 折り入って頼みがあると、助手席のロックをはずしてもらう。
「私も寝ていいですか」
 許可を待つ余裕もなく、眠すぎて文乃は一瞬で意識を失った。

 そのクリニックは院長が社交的で、ことあるごとにイベントが催される。
患者たちも我先に参加し、その結果、ほかの動物病院には目もくれない――という最強の顧客囲い込み術となっていた。
 患者会には派閥があり、犬会VS.猫会が二大勢力で、文乃は小鳥飼いのためその他に属している。肩身がせまいとも言えるが、そのぶん絆は強固だった。

 気がつくと、真っ白な天井と目が合い、文乃は自分が死んだのかと思った。ゆっくりと身を起こし、あたりをぼんやり見回す。動物の鳴き声がすることから、クリニックの仮眠室だとわかった。
「帰らないんですか。あ……私のせいで帰れないのか」
 関係者以外立ち入り禁止、と注意されたので、開けたドアをすこし戻す。
「夜勤」
「……なるほど」
 低く言ったきり、にこりともしない。

 それにしてもイメージがちがいすぎる。会うと無条件に安心できる、やさしげな獣医さんは、あくまで表の顔だったらしい。
 入院患者のケージを順に回り慎重にチェックする背中からは、命を預かる使命感や責任感がにじみ出ていて近寄りがたい。
「ご迷惑をおかけしてすみません。ありがとうございました」
 バッグを肩にかけ、ていねいにお辞儀をする文乃に、祐はしらけた目線を投げる。
「終電ないけど」
 あらー、とおばちゃんみたいなリアクションになった。

「つかぬことをお聞きしますが……本日は何時までのお勤めで?」
 おそるおそるたずねてみれば、まさかの翌朝8時。
「激務なんですね」
 もしや昼間のアレは、れっきとした仮眠タイムだったのかと思い至る。
仕事が控えているのに接待に駆り出されれば、そらバックレたくもなる
だろう。
「ほんとじゃまばかりして、申し訳ないです。それでは」
 きびすを返すと、呼び止められた。𠮟られるのかと文乃は身をすくめる。
「こんな夜中に歩いて帰る気?」
 そもそも歩ける距離じゃない。
「いや……ネットカフェとかあるかなあって」
 冷ややかなオーラを察知し、文乃は言いよどむ。

 あてもなくさまようつもりか、とでも言いたげな無言の圧がコワイ。
 あわてて検索してみたが、それらしきお店は近くには一軒もない。タクシーは深夜料金が恐ろしいから初めから選択肢にないし、ビジネスホテルなんてもってのほか。
 途方に暮れてスマホを握りしめていると、露骨に迷惑そうな声が言った――始発まで預かると。拾う気のなかった野良猫を、まるでだれかに押しつけられたみたいに。

(つづく)

*23年7月に公開していた作品です
加筆・修正し、分割して再掲します

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